歌舞伎界最高の名跡“市川團十郎”。9月25日公開の『襲名』は三池崇史監督初のドキュメンタリー映画で、'22年秋の“十三代目市川團十郎白猿”襲名披露と“八代目市川新之助”の初舞台の裏側を約4年にわたって追っている。コロナ禍による約2年半の延期、名跡を継ぐ覚悟と葛藤、芸の伝承、父子の絆、そして未来……。ふたりが語った思いとは?
麻央さんのところでは「やはりぐっときました」
─本作を撮影することになった経緯は?
團十郎 私とこの子(新之助)の襲名の話は、父(十二代目市川團十郎)が生きていた、'09年くらいからありました。でも父が思いがけず早く旅立ってしまったので('13年)、やらなくてはいけない運命になりました。襲名に向けてさまざまな準備を進めていた中で、“記録として映画を撮りたい”という運びになりました。
やはり、歌舞伎を多くの人に知っていただくきっかけをつくることも大切です。團十郎家には代々の写真などは残っていますので、記録の残し方として、今回は初めて映画という形を考えました。
─完成作を見た感想は?
新之助 感動しましたし、自分の成長を感じるところもあり、すごくよかったです。
團十郎 本来は1年強の予定でしたが、コロナによって3年数か月ほど密着していただきました。倅は7歳くらいで襲名するはずが9歳に。その3年間でずいぶんと変わり、成長がありました。コロナには苦しめられましたが、記録に残すという意味では非常によかったと、客観的には思います。
ただ、(市川)海老蔵から團十郎になったころの『助六由縁江戸桜』などを見ると、反省点が多いです。やはり、日々進化しているつもりですから。
─印象的なシーンは?
團十郎 新之助が“パパは市川團十郎白猿になる!”って騒いでいる姿、可愛いですね(笑)。“何もわかっていないな”というか(笑)。あとは(妻・小林)麻央のことも出てきましたよね? あのあたりは、やはりぐっときました。
新之助 十一代目さん、十二代目さんの『勧進帳』はすごいと思いました。性格的なものが見えた感じがします。
團十郎 どっちが好き?
新之助 意地悪な質問ですね(笑)。でも、舞台としての好みは十一代目さんでしょうか?
團十郎 いちばん泣けたのは、急性咽頭炎にかかって『七月大歌舞伎』('19年7月)を休演してしまったときです。新之助が“ひとりで頑張る”と言って『外郎売』を演じきったところですね。無理をさせました。涙が止まらなかったです。今の新之助だと“無理、無理”と言いそうですけど。
新之助 無理ですよ!(当時は)なんでできたんだろう? 昔のほうが、ちゃんとしていたのかもしれないですね(苦笑)。
─襲名後、4年が経過しようとしていますが?
新之助 最近、新之助の名前に慣れてきたと思います。“歌舞伎十八番”にも挑戦させていただきたいなと思うことが、昔より増えました。父は、團十郎になってから大らかで、優しくなった気がします。
團十郎 どういうところがどう変わったのかわかりませんが、そう見えるってことは、そうなのでしょうね。年を取ったということではないでしょうか?
新之助 そう思います! 39歳くらいのときは“まだ高校生!”という感じだったと思うのですが、雰囲気が一気に大人に。おじいちゃんっぽくなってきました。
團十郎 おじいちゃん!?
新之助 はい(笑)。丁寧に、何回も教えてくれますし。しゃべり方もとても余裕がある感じがします。
























