「私を好きでいてくれる人がたくさんいた」

「白鵬さんほど相撲を愛している人はいないのではないか」

 こう話すのは、画家の画狂人 井上文太さんだ。千葉県の地域紙『房日新聞』で、「大相撲歴代横綱絵巻」シリーズを発表するなど、日本の文化や伝統的な精神性を発信するアーティストでもある。

井上文太さんによる「白鵬」(c)画狂人BUNTAiNOUE
井上文太さんによる「白鵬」(c)画狂人BUNTAiNOUE
【写真】「175センチ、62キロしかなかった」来日当時の白鵬

「大相撲について描いているときに、白鵬さんと知り合いました。交流を重ねていくと、白鵬さんは相撲やスポーツを通じて、日本人のよさを伝える人なのだと感じました。一方で、白鵬さんのような大横綱ともなれば、嫉妬の目を向けられたり、真意を歪めて受け取られたりすることもあったと思います。だからこそ、相撲の外側にいる人間が伝えられることがあると思う。僕は、絵を介して白鵬さんと日本の国技である相撲の歴史を世界へ伝えていきたいと思います」(井上さん)

 井上さんが言うように、相撲の歴史や横綱のあり方を語るときの白鵬は、真剣そのものだ。教養としての相撲を説明するだけではなく、哲学的に相撲を語れる言語化能力の高さは、今回取材をしたこちらが舌を巻くほど。異国の地から来た力士であることを忘れさせるほど、ひたむきに相撲と向き合ってきたことが、ひしひしと伝わってくる。

 筆者は、どうしても聞きたいことがあった。2013年11月の九州場所14日目。当時大関だった稀勢の里との一番で白鵬が敗れると、館内から「万歳」コールが沸き起こった。優勝がかかった一番というわけではない。日本人横綱の誕生を期待する、いわば「判官贔屓」の感情から、である。このとき、何を思ったのか? 少し間を置いて、白鵬が口を開く。

「一瞬、何が起きたのかわからなかったですよね」

2010年の野球賭博問題による相撲人気の低迷、2011年の震災の巡回慰問など、相撲界を牽引してきた白鵬
2010年の野球賭博問題による相撲人気の低迷、2011年の震災の巡回慰問など、相撲界を牽引してきた白鵬

 そして、こう続けた。

「双葉山さんの連勝記録を69で止めた安藝ノ海さんが、師匠に報告すると、『勝って騒がれるより、負けて騒がれる横綱になりなさい』と言われたそうです。私も、そういう立場になったんだなって。そのうれしさと……不思議さがぶつかったような感じでしたね」

 朝青龍は、引退後のインタビューで、「僕はなんか日本というものに負けてしまったように思うのです」と披瀝している。そういった気持ちにはならなかったのだろうか。

「北の湖さんは強すぎたために嫌われて、本場所で懸賞金が出なかったこともあるらしい(笑)。そう考えると、自分はまだいいじゃないかと心を落ち着かせていましたね。人間は、新しいものが好きだから、飽きられるのは仕方のないこと。

 でもね、引退を決意した最後の名古屋場所のとき、花道でものすごい拍手をいただいた。私を好きでいてくれる人がたくさんいるんだなって思いましたよね」

 そう語る白鵬の表情には、泰然自若とした落ち着きがあった。