これから相撲を目指す若者たちのために
白鵬は、2021年3月と5月に右ひざの手術を行い、同年5月の夏場所まで6場所連続休場と苦しい状況が続いていた。約1年ぶりの復帰となった七月場所。進退をかけて臨んだ場所で、千秋楽に照ノ富士との全勝対決を制すると、白鵬は土俵上で感情を爆発させた。
「死に物狂い」で戦い抜いた十五番。それは、「横綱の負けは死を意味するほど重いものだ」という自らの言葉を、土俵上で証明する戦いでもあった。
「横綱の品位は何か? 人それぞれだから、一概に答えることはできないんだよね。私は最初、品格は優しさだと考えた。ただし、土俵に入れば別物。鬼にならないといけない。私は、“抜く刀”と“抜かずに鞘に収めた刀”、両方を持っていたつもりです」
立ち合いで変化をする、猫だましをする。「横綱らしくない相撲だ」と、厳しい批判を浴びた。だが、勝負に勝つためなら手段を選ばない、徹底した合理主義という意味では、あの宮本武蔵も同じである。
双葉山を理想とし、相手の力を受け止めたうえで勝つという横綱相撲を体現してきた。だが、度重なるケガで理想とする取り口ができなくなると、「型をつくったのだから、型を崩す」と考えを改めた。長きにわたり、頂点を極めた者だからこそたどり着ける境地だったのだろう。
「私は入門当時の62キロの心身のまま、強くなるにはどうすればいいかを考えてきた。小さい相撲も大きい相撲も取ることができたから、これだけの優勝を重ねることができた。批判は覚悟のうえでした」
白鵬は、横綱としての責任を果たしながら、土俵を去った。
「ボロボロになるまでやるんだと思われたくなかった。これから相撲を目指す若者が、そういう姿を見て、寂しさを感じてほしくなかった。私なりに考えて決断したことでしたが、考え方が違う相撲協会とは、結果的に少し距離が生まれてしまったかもしれない」
親方になるために帰化したが、白鵬は自らの夢のために退職を選んだ。
今年2月に行われた「第16回 世界相撲大会 白鵬杯2026」。会場となった「トヨタアリーナ東京」に白鵬が姿を現すと、たちまち人だかりができた。記念撮影に応じながら、冗談を交えて楽しそうに言葉を交わす。終始、和やかな空気が流れるその姿に、重圧やしきたりから解き放たれた、横綱昇進以前の白鵬翔の面影が見えた。
横綱として約14年、親方として約5年。十分、「日本の白鵬」として道を歩いてきた。だからこそ、これからは「世界の白鵬」として、新たな道を歩む。
朝青龍や日馬富士のように、モンゴルで独自の道を拓くこともできただろう。
だが、白鵬は私たち取材陣を真っすぐに見つめて、はにかむように言った。
「相撲を愛してますから」
彼は、まだ土俵の上にいる。「相撲を広めるため」に躍動している。礼に始まった相撲人生だからこそ、礼に終わる相撲人生でありたい─。
「これからもっと忙しくなりますよ」。自らに言い聞かせるように力強く発した言葉は、相撲が世界のスポーツとして花開くことを予感させた。
取材・文/我妻弘崇 撮影/吉岡竜紀 ヘアメイク/橋本京子



















