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 親が子どもを虐待する事件は後を絶たない。命を奪うこともある。どうすれば児童虐待を防げるのか。わが子を餓死させた父親の責任が問われた神奈川・厚木5歳児白骨遺体事件を例に、ルポライター杉山春さんに聞いた。

「11月は児童虐待防止推進月間なんですよ。それにしても、あの裁判は想像以上に厳しい判決でした」(杉山春さん)

 彼女は、『週刊女性』が裁判傍聴記として短期集中連載した「厚木5歳児白骨遺体事件」の公判を、法廷の記者席でずっと見続けていた。検察の求刑懲役20年に対し、同19年の判決には驚きを隠せなかったという。

 その後、齋藤幸裕被告(37)は「刑は重すぎる」として、控訴している。

 杉山さんは1958年、東京生まれ。早稲田大学を卒業後、雑誌編集者を経てルポライターになった。わが子の不登校体験を踏まえ、子育てや子どもの貧困・虐待問題に関心を寄せてきた。

 『ネグレクト 育児放棄―真奈ちゃんはなぜ死んだか』(小学館)、『ルポ 虐待―大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書)などの著書がある。その杉山さんの目に、被告はどう映ったのか。

「事件そのものは、子どもがネグレクトで亡くなり、しかも、その遺体が7年間も放置され、非常に悲惨です。そして、判決は虐待死事件の中でも厳しい内容でした。この父親は常識的な人であるという前提のもとに裁かれたと思うのですね。実際、かつての勤務先での評価は高かった。

 しかし、私はこれまで子どものネグレクト死事件を取材してきて、この事件は本当にごく一般的な能力を持つ人が起こした事件なのだろうかということを強く感じました」

 父親に、子育て上のハンデはなかったか。そんな問いを持ちながら傍聴を続けた。

「法廷で明らかになったことですが、彼はIQが69ですよね。しかも、児童相談所の存在を知りませんでした。さらにいえば、子育てをひとりで始めた後、子育てに関する知識を集めた様子がありません。5歳になった子どもから言葉が出ないこと、オムツが取れていないこと。子育てをしている人であれば、常識的に知っていることや心配するであろうことに無頓着な感じがありました」

 何よりも驚いたのが、暗闇での子育てだった。雨戸を閉め切った、ゴミだらけの真っ暗闇の中で子育てをしていた。

「電気、ガス、水道が止まっても、そのままで復旧させない。その部屋に、子どもを閉じ込めつつ、2年間ほど彼はきちんと帰り、子どもと一緒に食事をし、寝ていた。この異様な子育てが行われていたことじたいに驚きました。このような生活を続ければ、精神的に追い詰められてもおかしくない。被告は自分の身さえ守れていないのです」

 被告は子育てで、親族、近所などに頼らなかった。

「被告の記憶はとても曖昧でした。理玖くん(死亡推定当時5)が亡くなった季節を思い出せない。それは異様なことです。私はそこに彼の極悪性よりも、支援を求められない弱さを感じます。SOSを発する力が全くなかったわけです。それはなぜか、もっと裁判で問われる必要があったのではないかと思います」

 被告の生育歴では虐待体験はなかったとされる。しかし、杉山さんは、ネグレクトとは単純な育児放棄だけではなく、広い意味で子どもの不適切な保護・養育も含むと考えている。そういう意味では、幼いころの齋藤被告もまた、安全な育ちを保証されていなかったのではないかと考えている。

 その理由のひとつは母親が統合失調症を発症していたこと。もうひとつは、父親が3交代勤務の工員として家庭のことに関わらなかったこと。

「子ども時代の齋藤被告は、十分に大人に話を聞いてもらっていたのか。守られた環境に育っているのか。そのことはとても気になりました」

〈フリーライター山嵜信明〉