また千穐楽の楽屋裏では別の祝い事も催されていた。『山名屋浦里』と同じ三部で、こちらはおなじみ『土蜘』を踏んでいた中村橋之助だった。

今年の『八月納涼歌舞伎』をもって最終公演となった中村橋之助。次からは八代目『中村芝翫』を襲名する
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 実はこの日をもって、36年間名乗った中村橋之助としての最終公演となった。10月の歌舞伎座『芸術祭十月大歌舞伎』では、八代目『中村芝翫』を襲名するのだ。

「幕が下りると、市川猿之助や市川右近、市川染五郎ら演者、スタッフはもちろん、團子の付き添いで来ていた中車も橋之助を囲みました。タモリさんや鶴瓶さんからも“お疲れさま”と、ねぎらいの声が届いたといいます」(歌舞伎関係者)

 タモリと橋之助にも遠からぬ縁がある。橋之助の妻、三田寛子は『花の82年組』のアイドルとしてデビューするも、ブレイクしたのは『笑っていいとも!』だった。

「料理コーナーでタモさんのアシスタントとして活躍、可愛がられていました。そんな三田さんと橋之助さんとの結婚を聞いて“反対”したのだとか」(テレビ局関係者)

 というのも、当時の三田はお世辞にも料理上手ではなく、天然キャラが売りだった。

「タモさんは“梨園の妻”としてやっていけるのか心配だったみたいですね。でも、日々精進したのでしょう。いまや三田さんはお手本ともいうべき存在です。3人の息子さんたちも立派な歌舞伎役者として成長しました」(前出・テレビ局関係者)

 9月上旬、勘三郎さんが過ごした、勘九郎一家や七之助が住む都内の豪邸を、袴姿の橋之助が息子たちを連れて訪ねていた。自身と息子たちの襲名を勘三郎さんに報告していたのかもしれない。これまた義理人情の噺。