でんでん/1950年1月23日生まれ。福岡県出身。30歳のときに『お笑いスター誕生』をきっかけに芸能界入り。映画『冷たい熱帯魚』『ヒミズ』『清須会議』、ドラマ『あまちゃん』『ど根性ガエル』ほか多数出演。映画『たたら侍』(5月20日)、『忍びの国』(7月1日)、『獣道』(7月15日)、『あゝ、荒野』(10月7日前篇、10月21日後篇)が公開
すべての写真を見る

―よもやま話で、下積み時代の苦労話をされたことは?

小日向 大杉さんが転形劇場にいたときに、僕は自由劇場にいて、(お金がなく)食えなかったけど、大杉さんは海外公演をされて、それなりに食えていたみたいです。

大杉 そうですね。ぎりぎり役者で食べていたと思います。

でんでん 何年前の話?

大杉 もう30年以上も前になりますかね。

小日向 僕は劇団を解散したときが42歳。ほとんど貯金もなかった。21年前って、そんなに前じゃない。大杉さん、21年前は?

大杉 劇団が解散した後は、映画やテレビが中心でしたね。

でんでん 僕は30代前半ごろまで、タクシーの洗車とか、ガラス磨きとか、バイトもしていましたよ。質素な生活で大丈夫なタイプでしたから。バイトバイトと、躍起になって、そんなにしていなかったです。

小日向 してないの? 僕はやりましたよ!

大杉 僕もアルバイトは、舞台の大道具くらいかな。当時、住んでいたアパートは1畳1000円だったからね(笑)。6畳ひと間、6000円ポッキリ!

小日向 すごいね、それ。

大杉 吉祥寺から歩いて6分。築年数は古かったけど、“キラク荘”って、いい名前でしょ。当時のバイト代が、1日5000〜6000円で、1日働けば。部屋代が払えた。必要なときだけバイトをする生活。今、考えたら本当におおらかな時代でした。でんでんさん! わかりますよね。

でんでん 僕は友達がタクシー運転手をしていて、朝3時ごろ起きて、営業所に行って、1台1000円で洗車をしていました。4、5台やれば、それで食べられました。麻雀にも行っていましたよ。