近所の人に偲ばれてにぎやかに

 それから数日して、あなたの命の灯はフッと静かに消えました。朝からよく晴れた日曜日の午後のことでした。

「呼吸が止まった!」と娘さんから連絡を受けて駆けつけたとき、そこには私がまったく予測しなかった光景がありました。いつもひっそりとした部屋にはなんと10人近くの人たちが集っていて、たいそうにぎやかだったのです。

 “そのとき”を知って、それとなく近所の人たちが集ってきたのでした。私はその人たちの中を分け入るようにしてあなたのかたわらにたどり着き、いつもと違うそんな衆人環視のもと、いつもより緊張して死亡確認を行いました。

 それにしても、親せきでもないご近所のみなさんがごく自然に、この臨終の場に集っている空間は、永年の私の訪問診療体験の中でもはじめての遭遇でしたが、妙にしっくりとなじんでいたのには驚かされました。

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 とにかく、あなたの人生の最終章は、肺がんという病のおそろしさや苦しさと、さまざまな恨みつらみでその2年半の数ページが埋めつくされていてもおかしくなかったはずです。それなのに、そこに書きこまれていったのは、娘さんやお孫さんに囲まれ、そして最後の最後にやおら登場した大勢の近隣の方たちとの知られざる絆の物語だったようです。

 あなたから私たちが教えられたのは、具体的な言葉を用いることなく伝えられた、娘さん家族への教えであり、私たちへの気づかいでした。

 そのおかげで、娘さんは、まだ十分に年老いていない母親との最も辛い別れを通じて、見事に一人前以上の看取り介護の役割を果たし切ったのです。

 追伸 あなたの“そのとき”はあなたの娘さんに「もしこれからなれるものなら、私は看護師になりたい」という言葉をもいわせたことも、知っておいてください。

看取り医のひとりごと 
 進行性の肺がんで急速に体がむしばまれていったあなた。自宅に戻ってからは、脳の転移も起こり、目も不自由になり、しゃべれなくなり、食事もとれなくなりましたね。肉体的にも精神的にも、とても苦しかったろうと思います。
 しかし、次々と現れる病状悪化の波にあらがわず、自分の運命を呪い、不平や不満をもらすことなく、あなたは素直に病状を受け入れていたように思えました。亡くなるほんの3日前の音楽療法でも、動かしにくい口でくったくなく歌をうたわれていましたよね。
 体の中で起こったことはしょうがない、というあきらめからなのかもしれませんが、私にはあなたが、がんを受け入れ共存し、最後は死をも受け入れて、安らかな気持ちで亡くなっていったように思えてなりません。

千場純(ちば・じゅん)◎社会福祉法人心の会 三輪医院院長。2025年問題を見据えて、在宅死率全国1位の神奈川県横須賀市で「在宅看取り」の普及に取り組む。地域住民と多職種が自由に集まる、くらしのリエゾンステーション「しろいにじの家」を開設。多くのイベントを通じて、住み慣れた家で安らかに最期を迎える「看取りの形」を考える。