社会・事件 2026/3/11 《東日本大震災から15年》親族を亡くしても泣くこともできなかった…気仙沼市出身のマギー審司、全避難所を回った背景 東日本大震災震災地震災害タレント家族子ども 印刷 [写真 1/32枚目] マギー審司さん 撮影/山田智絵 [写真 2/32枚目] 被災地でマジックショーを行うマギー審司さん [写真 3/32枚目] 「奇跡の一本松」(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)) [写真 4/32枚目] ブルドーザーは真っ逆さまに。津波の凄まじさを物語っている(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日) [写真 5/32枚目] 行方不明者の捜索を行う警察たち。各地から、多くの警察が訪れていた(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日) [写真 6/32枚目] 現場では、魚臭さのほか、プロパンガスなどのガス漏れの匂いもした、と当時の記者(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日) [写真 7/32枚目] 思い出の品を探しにきたという住人たち(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日) [写真 8/32枚目] 工場だろうか、ボロボロになった建物を見つめる住民(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日) [写真 9/32枚目] 木には布団が引っかかっていて…(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日) [写真 10/32枚目] 陸前高田市役所の仮庁舎(2011年3月29日〜4月1日) [写真 11/32枚目] 避難所には、高橋尚子から運動靴が届けられた(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日) [写真 12/32枚目] 震災後はドロドロだった土も、次第に固まっていく。重機がないと、片付けられなくなっていった(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日) [写真 13/32枚目] 母親の遺体が発見され、それを見守る家族たち(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日) [写真 14/32枚目] 被災地で出会ったとある姉妹。この日は、初めて重機を使って行方不明となった高齢の母親の捜索が行われた(このあと、遺体が見つかった)(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日)) [写真 15/32枚目] 電信柱に布や木くずが引っかかっている(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日) [写真 16/32枚目] ここで出会った親子は、流された思い出の品を探しに来たと話していた(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日) [写真 17/32枚目] 板に道案内が手書きでされていた(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日) [写真 18/32枚目] 陸前高田市(2011年3月29日〜4月1日) [写真 19/32枚目] 陸前高田市(2011年3月29日〜4月1日) [写真 20/32枚目] 車販売店の車も全部、流されていた(2011年3月12日) [写真 21/32枚目] 仙台市のコンビニにも長蛇の列、店内には5分以内の買い物を呼びかける声が響いた(2011年3月13日) [写真 22/32枚目] 宮城県に入る手前、道には亀裂が。ヘタしたらタイヤがはまってしまうほどの幅の亀裂だった(2011年3月12日) [写真 23/32枚目] 福島県南相馬市、地元の消防士は「まだ遺体が残ってるけど、探し出すのは簡単じゃない」(2011年3月12日) [写真 24/32枚目] 東日本大震災の被災地の様子 [写真 25/32枚目] 得意のボウリングでチャリティー活動を行うなど、常に地元をどう復興できるか考えてきたマギー審司さん 撮影/山田智絵 [写真 26/32枚目] 2011年に発生した東日本大震災 [写真 27/32枚目] 2011年に発生した東日本大震災 [写真 28/32枚目] 2011年に発生した東日本大震災の避難所 [写真 29/32枚目] 宮城県仙台市(2011年3月13日) [写真 30/32枚目] 宮城県仙台市(2011年3月13日) [写真 31/32枚目] 仙台市宮城野区(2011年3月14日) [写真 32/32枚目] 身長よりも高く、積み上げられた瓦礫の山(陸前高田市、2011年3月29日〜4月1日) この写真の記事へ戻る