紗香といると落ち着く――、健介は、そう言って、紗香を喜ばせた。ずっと昔に味わったことのあるこの感情――、それは、まるで甘酸っぱい思春期のカップルの心境だと紗香は思った。

 二人は、夜景を楽しみながら、ルームサービスを取り、部屋でいつまでも語り合った。

 夜も更け、お互いシャワーを浴びた後、健介はおもろむにベッドに横になった。

 すると、いつの間にか、聞こえる寝息――。

「パッと目をつぶっていたら、もう向こうが寝ていたんです。不覚にも、寝てしまったという感じ。私から寄っていくのも嫌だったから、そのままにしていました。だから、1つのベッドで、離れて寝ていたんです。朝方、ふいに目が覚めるんですよ。私はもちろん、ほとんどまともに寝れていません(笑)。それはムラムラして……というわけじゃなく、横に好きな人がいて、すごくうれしいなという感じで。でも、もっと健介さんとくっつきたいと思った

肉欲だけの関係だったら、深みにハマらなくて済むのに

 朝日がカーテンの隙間から差し、健介が目を覚ましたことが分かると、紗香は意を決してベッドの上で少しずつ身体を回転させて、健介に近づいていった。

 すると、そこから自然な流れで健介は、紗香にキスした。舌が入ってきて、絡み合う。紗香は、何十年ぶりのキスの味にときめいた。旦那はキスが嫌いで、まったくしてくれなかった。本当は、紗香はとろけるようなキスが大好きだった。

旦那は、キスが本当に嫌いなんですよ。ディープキスは特に嫌いみたい。付き合った当初から好きじゃなかったですね。でも私はキスしたいし、セックスの最中のディープキスが大好き。それで好きな人がキスしてくれたと思うと、うれしくて、めちゃくちゃ長い時間キスしましたね。健介さんも、そんな私の様子を感じ取って、それに応じてくれた。

 あと、“スタイルいいね”と身体もほめてくれた。そこからは、普通のセックスでした。私は彼をぎゅっと抱き締めてるだけ。私はそれで十分満足で、胸がいっぱいでした。

 体位は正常位だけだったんですが、本当にそれが自然な流れで、だから逆にうれしかった。“奥さんとできないようなプレイを、外で楽しんでやれ!”という感じじゃなくて良かったと思ったんです。でも、その半面、心が動くのが少し怖くもありました。肉欲だけの関係だったら、深みにハマらなくて済むから

 一つになっている最中も、健介は、紗香が大好きなキスを欠かさなかった。それがうれしくて、紗香は、もっと健介を求めた。ああ、これが幸せ、今、この瞬間に、嘘はない――。

 チェックアウトした後、新幹線で帰る健介を駅まで見送った。紗香は家に帰ると、緊張が解けたのか、夕ご飯の支度をすると、そのまま寝てしまった。

 それは、とても心地の良い疲れだったからで、何年かぶりに深い眠りに就くことができたのだった。

 紗香はなぜ健介とのW不倫にハマってしまったのか。そこに求める救いとは――。後編では彼女の夫婦関係や心の中をひも解いていきたい。

(後編に続く)

*後編は7月30日に公開します。


<著者プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。
最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の生々しい現場にスポットを当てた、『中年の孤独死が止まらない!』などの記事を『週刊SPA!』『週刊実話ザ・タブー』等、多数の媒体で執筆中。