ありふれた毎日こそが、かけがえない

 入江さんの朝は、ピーターラビットのコップに新しい水を入れ、写真立てに供えることから始まる。

 そこには7人の笑顔が並ぶ。

 泰子さん一家4人、父親、82歳で他界した母親、そして、2010年、60歳という若さで亡くなった、夫・博行さんの写真だ。

「夫が亡くなったのは事件から丸10年が過ぎたころです。“ようやく、いつもの生活に戻れたね”と話していた矢先に、突然、大動脈解離で倒れました。手術室に入るときの“行ってくるよ”が、最後の言葉だったので、今も“ただいま”と帰ってくるような気がしています」

 事件以来、ずっと支えてくれた夫の死は、妹一家のときと違い、犯人への怒りがないぶん、悲しみも深かった。

 だが、7年が過ぎた今、語られるのは、夫との楽しい思い出だ。

「夫がイギリスから帰国すると、近所の公園で犬を連れて散歩するのが日課でした。いつも話すのは私。夫はもっぱら聞き役でしたね。そうそう、私たちの出会いも、公園だったんです。犬を散歩中に、動物が大好きな夫が話しかけてくれて」

夫・博行さんがイギリスから帰国するたび、夫婦で近所の公園を犬と散歩するのが日課だった。事件後、ずっと支えてくれた最愛の夫は、2010年に60歳という若さで旅立った
夫・博行さんがイギリスから帰国するたび、夫婦で近所の公園を犬と散歩するのが日課だった。事件後、ずっと支えてくれた最愛の夫は、2010年に60歳という若さで旅立った
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 入江さんは、「ただごと」の日々を大切にしている。

 穏やかで、ありふれた毎日が、どれだけかけがえのないものかを知っているからだ。

「あの事件で、私たちは嵐の中に放り込まれました。非日常では、悲しみすら現実感が薄かった。でも、今、夫が逝って、心から悲しい。それは日常を取り戻せたから、感じられることなんです。妹一家は、ただごとの毎日を大切に、生活していました。私も、その意思を引き継げたらと思っています」

 世田谷事件が起きた年末は、全国各地を講演で飛び回る。

 多忙な日常を送りながらも、地に足をつけて暮らす。

「朝はみそ汁を必ず作ります。都心に暮らしているのでスーパーが近くにないけれど、八百屋さんがあるので、新鮮な野菜を入れて。

 社会人になって忙しく働く息子に、“今日は夕飯いる? じゃあ、作っとくね!”なんて、声をかけて送り出しています」

おいしいものを食べたとき、旅先で素敵な景色を見たとき、亡くなった4人にも食べさせてあげたい、見せてあげたいと、今も思うという
おいしいものを食べたとき、旅先で素敵な景色を見たとき、亡くなった4人にも食べさせてあげたい、見せてあげたいと、今も思うという

 17年たった今も、事件現場は、取り壊されることなく、当時のまま残されている。

 犯人逮捕をあきらめていない、警察の象徴のように。

「建物は老朽化しても、事件は風化させたくない。思いは警察と同じです。犯人への怒りも、当時のままです」

 入江さんは、そう言い切る。

 毎年、年末には、世田谷事件追悼の集い『ミシュカの森』を開催し、たくさんの参加者とともに故人を偲ぶ。

 私たちも忘れずにいたい。

 幸福に暮らしていた、4人の大切な命が奪われたことを。事件から17年、悲しみを生きる力に変え、懸命に生き直した家族がいることを。

取材・文/中山み登り 撮影/森田晃博

中山み登り(なかやまみどり)◎ルポライター。東京生まれ。晩婚化、働く母親の現状など、現代人が抱える問題を精力的に取材している。主な著書に『自立した子に育てる』『仕事も家庭もうまくいくシンプルな習慣』(ともにPHP研究所)など。中学生の娘を育てるシングルマザー。