父が突然の大激怒で“沖縄追放”

 アンナさんは沖縄アクターズスクールのチーフインストラクターに就任した。安室がブレイクしてSPEEDが続き、アクターズスクールのブームがやってくる。生徒も600名にふくれ上がっていた。

父からは365日、24時間、子どもたちのことを考えて、どんな状況でも冷静に彼らを守れなきゃダメだと言われました。

 いきなりミュージカルの脚本を書けと言われたこともあります。できませんと言うと叱責されました。なんとかかたちにできたとき、父は“お前が自分の能力を決めつければ、子どもたちにもそれがうつってしまう。なんでもやろうと思えばできるんだ。たとえ失敗しても失敗したという経験が得られる。だから楽なほうに行ってもしかたないんだよ”と話してくれました

 スターを次々と輩出し、“裏方”のアンナさんも脚光を浴びるようになったとき、父は自分以上に自分をわかっていたのだと思った。

父、母、兄、アンナさん(9)の家族写真(撮影=加納典明)

 一躍、時の人となった父のもとにも国家プロジェクトや沖縄の観光のプロデュースなどの依頼が舞い込むようになった。

「だんだんと父が変わり始めて、一緒にやってきたプロダクションの方たちとも揉(も)めるようになり、芸能界から総スカンをくらう状況になったんです。アクターズスクールからのデビューのルートが全部断たれて、生徒たちもたくさん辞めていきました」

 そんな中、アンナさんがなんとか学びの場をつくろうと開いたスクール内の発表会で、父に“お前のせいでスクールのレベルが下がった”と何時間も罵倒(ばとう)され、日々の厳しい指導に不満がたまっていた生徒たちからも怒りの矛先を向けられてしまう。

 アンナさんは事実上、追放される形で、横浜のアクターズスクールに異動することとなった。

「自分が全否定されたようで、これまでの10年は何だったんだろう? と絶望しました」