30年間書き続けられたことが幸運
今でこそ日本のみならず世界でも名前と作品を知られている宮部さんだが、デビュー後、しばらくの間はつらい現実に直面していたという。
「作品を評価はしてもらえるものの全然、部数が出なかったんです。自分よりも先に華々しく売れた同世代の作家をうらやましく思ったこともありました」
しかし、最近はかつての苦しい出来事をあまり思い出さなくなったという。
「1993年に大沢在昌さんが作られた事務所に入れていただき、そこで私の担当になったのが、河野ひろみさんという方でした。作家生活25年目のころ、彼女は大腸がんで亡くなってしまいました。病院に会いに行っても泣いてばかりいる私に、ひろみちゃんは“嫌なことや恥ずかしいことは、私が全部持っていって片づけておきますから。この後は気楽に楽しんでください”って言ってくれたんです。彼女はいちばん最後に最大の贈り物をしてくれたのだと思っています」
同じ章の中で宮部さんは、ご自身の幸運にも感謝をしている。
「30年間、書き続けられたということ自体、運があったのだと思います。私自身、大きな病気もせず災害にも遭わず、父は一昨年、他界しましたが、両親はともに高齢になるまで元気でいてくれました。そのおかげで、私は好きな仕事のことだけを考えることができたんです」
そう話す宮部さんに、運を引き寄せるコツを聞いてみた。
「デビューしたばかりのころについたベテランの編集さんに、“エンターテイメントの作家は人気商売なのだから、1日に1回は笑顔になりなさい”って言われたんです。すぐにでも実践できることですし、すごくいいアドバイスをもらったなぁ、と今でも思っています」
本書のエッセイのページや裏表紙には、さりげなく猫のイラストが描かれている。そのモデルは、宮部さんの愛猫のマルコくんなのだそうだ。
「私は姉夫婦と同居しているのですが、姉夫婦の飼い猫のピースケと仲がよかったんですね。仕事中はいつも足元にいましたし、寝るのも起きるのも、朝食を食べるのも一緒の生活をしていたんです。でも、ピースケは、19歳と半年で亡くなってしまいました。すごく寂しくて、ピースケに似ている茶トラの猫を探していたとき、ペットショップで売れ残っているマルコと出会ったんです。また猫と一緒の生活を送ることができて幸せです」
最後にあらためて、本書の読みどころをうかがった。
「この本は私のこれまでの歩みであり、31年目からの作家人生を築いていくための土台になる一冊でもあります。宮部みゆきという作家がこれまでどんな道を歩んできたのか、チラリとでも見ていただけたらとてもうれしいです」
ライターは見た!著者の素顔
愛猫のマルコくんの名前の由来は、少年漫画『ワンピース』に登場する白ひげ海賊団の『不死鳥のマルコ』なのだそう。「元気で長生きしてくれるよう、不死鳥の能力者の名前をいただきました。やんちゃです(笑)」。ちなみに、マルコくんと一緒にゴロゴロするときに読む本は、スティーブン・キングの『呪われた町』や藤沢周平の『隠し剣孤影抄』、『隠し剣秋風抄』などだそうです。
(取材・文/熊谷あづさ)