「お金を稼ぐことのみで評価されるのではなく、ひとりの人間として評価されることの価値を祖父に教えてもらった気がします。尊敬する経営者のひとりですね。つらいこともあったはずなのに、祖父はいつも笑っていました。よく話し、そして人の話もよく聴く。あんなふうに生きたい。あんな男になりたいと強く思いました」

 偉大な祖父の生きざまと死にざまが、古市さんの人生の背骨をつくった。

 母の寿恵さんも「今思えば、盛久にとって父を看取ったことが、高齢者に眼差しを向ける大きなきっかけになったと思う」と振り返る。

 これに、家のなかに他人を迎えてともにケアした経験が加わり、すべてひっくるめて御用聞きの骨格につながった。

 その足元は妻が支える。

起業当初はプレハブの事務所で、イスや机も拾ってきたものだった
起業当初はプレハブの事務所で、イスや机も拾ってきたものだった
古市さんの半生と奮闘の日々

 御用聞きを始めて5年ほどは資金繰りができず苦しそうだったが、寿恵さんは「盛久のことは、きっと嫁が支えてくれると思った」と明かす。

 6つ年上の妻が33歳、古市さん27歳で結婚したいと挨拶に来たときのことだ。

 当時の仕事は不安定だったので、「もう少し経済的に安定してからのほうがいい」と反対した。息子より、嫁の人生を思ってのことだった。

 ところが、逆に嫁から説得された。

「彼はこうと思ったらやり遂げる人。お母さんが思っているよりずっとしっかりしています。どうか見守ってください」

 この人となら大丈夫。ふたりとも、突き進む強さを持っている。

 そう感じた母は「やめなさ~い」を封印した。

利用者の孤独も受け止める覚悟

 右腕といえる人材にも出会えた。社員第1号の松岡健太さん(25)だ。古市さんから全幅の信頼を寄せられている。

「あの人懐っこい笑顔と、ピュアな心根が素晴らしい。マツケン(松岡さん)が加入したことで、御用聞きは黒字になったんですよ」

 福祉関係の大学に通っていた5年前に出会い、大学卒業と同時に社員になった。そこから現在までの3年間で御用聞きは事実、黒字に転換した。

 松岡さんは言う。

「(黒字転換は)御用聞きが認知され始めた時期と僕が入ったのと同じタイミングだっただけです。とにかく古市さんの“御用聞き”を追い続けるエネルギーがすごいので。絶対あきらめないというか。過去の失敗話を聞くと、自分だったらくじけてしまいそうな壁を乗り越えてきている。すごい才能のある人です。普通はできませんよ」

 相棒の目に“超人”のように映る古市さんの強みは「受容する力」だろう。

 以前、リピーターの70代女性から、御用聞きをすませた古市さんに連絡が入った。

「私の大事なものがなくなった。あなたが盗ったのではないか」

 つい数時間前まで、笑顔で「ありがとう」と玄関まで見送ってくれた女性の変貌に戸惑いながら、古市さんは「活動した詳細は、ヘルパーさんやケアマネージャーさんに報告していますよ。もう1度一緒に探しましょう」と手伝った。いわれのない疑いなのに、やわらかな笑顔で。

 担当のケアマネージャーからは「いよいよ(認知症の兆候が)出始めましたね。御用聞きチームは生活者さんへの逃げ道をつくってあげてください」と言われていた。

 認知症の場合、本人の訴えをむやみに否定してはいけない。周囲への依存や理不尽な反発を繰り返すなか、女性が依存できる役目を御用聞きが担わなくてはいけない。

「悲しかったですね。何度も依頼を受けていて、自分を頼ってくれると思っていたので」 

 古市さんはにらみつけられ「あの人を追い出して!」とまで言われてしまった。

「でも、その方は悪くないんです。認知症が、そうさせているので」

 御用聞きは、人々の孤独を受け止め、向き合う仕事でもあるのだ。

約1か月分の食材や日用品の買い物リストを読み上げる依頼者の佐々木さん
約1か月分の食材や日用品の買い物リストを読み上げる依頼者の佐々木さん

 今年1月から利用し始めた都内在住の佐々木包子さん(82)は、買い物代行や病院への付き添いを頼む。

「お正月明けから足が痛くなって動けなくて。本当に助かっています。病院の待ち時間とか長いでしょ? その間のおしゃべりが本当に楽しい。来てくれるのを、いつも首を長くして待ってます」

 佐々木さんは当初、介護保険の手続きが始まるまでのつなぎとして依頼したが、今は「ずっと利用したい」と考えている。

 介護保険には、例えば床の掃除はできても窓拭きは含まれないなど、細かい縛りがあり、高齢者に「使いづらい」と感じさせてしまう。御用聞きの需要は大きいのだ。

高齢者と若者の心の触れ合い

 佐々木さん宅を何度か訪問している粕川花琳さん(22)は、東京医科歯科大看護科に通う4年生だ。「難しいことは何もしていないのに、こんなに喜ばれてうれしい。人生勉強にもなります」と話す。

 御用聞きの担い手となる学生の登録数は現在145名。

「生まれて初めて人に喜んでもらえた」と泣く子がいれば、「お客さんに泣かれちゃいました」とべそをかきながら、うれしそうに報告してくれる子もいる。