女性の背中をポンと押す作品になれば

 時代の最先端で仕事をする登紀子と妙子と対照的なのが、専業主婦の道を選んだ鈴子だ。

「'60年代後半からの時代を描くのなら、女性の生き方のひとつとして専業主婦を入れたかったんです。高度経済成長期にバリバリと働く男性を後ろで支えていた、鈴子のような女性たちがいたことも書いておきたいと思いました」

 実は鈴子には、上司に編集者への転身を打診され、結婚を待ってほしいと言われた過去が。結婚か仕事、出産か仕事、いずれかを選ばなければならない風潮は、現代の問題にも通じている。

「私は20代のころ、小さな広告会社に勤めていたのですが、妊娠したら会社を辞めるのが当然のような空気でした。それでしかたなく、出産後にフリーのライターになったんです。女性が男性と対等に働くには、まだまだ会社や社会の制度が不十分なのだと感じています」

 イラストレーターの妙子は、鈴子の結婚式で「父と子と聖霊の名において」という神父の言葉を聞き、自身に問いかける。

《その三つは女にとっては、いったいなんだろう。男、結婚、仕事。それとも、仕事、結婚、子どもだろうか。(中略)どれも自分は欲しい。すべてを手に入れたい》

「女性なら、全部を欲しいと思う瞬間がきっとあると思うんです。でも、すべてを手に入れるのは難しいですよね。私も全部、欲しかったけれど、離婚しているので結局、夫は手に入りませんでした」

 ちなみに、今の窪さんが欲しい3つのものとは?

「健康、仕事、お金でしょうか(笑)。これらがあれば、老後を支えられると思いますから」

 本作をはじめ、窪さんの小説からは、劣等感や生きづらさを抱えた人たちへの温かい眼差しが伝わってくる。

私自身、学歴がないとか、デビューが遅いとか、バツイチとか、めちゃくちゃ劣等感があるんですね。だから、自分の小説の中ではそうした人たちを否定したくないんです。物語に書くということは、ここにいてよしということですから」

『トリニティ』は、女性を応援する気持ちが込められた作品でもあるという。

「彼女たちのような女性が実際にいたことを知ってほしいですね。女性はいつも戦ってきたのだから、大丈夫。そんなふうに、働いている方やこれから働きたい方の背中をポンと押すような1冊になったらいいなぁと思っています」

『トリニティ』新潮社 1700円(税抜き)※記事内の画像をクリックするとAmazonのページにジャンプします
【写真】インタビューに答える窪美澄さん
■ライターは見た! 著者の素顔
 離婚後、女手ひとつで息子さんを育ててきたという窪さん。小説家を目指したのは、大学の費用を捻出するためだったそうです。「だから、デビュー後も3年ほどはライターと両立していました。とにかく忙しく、毎朝、徹夜明けの眠い目をこすりながら息子のお弁当に入れるフライを揚げていた記憶があります。彼は4月から働きはじめたので、ようやく気持ちがラクになりましたね。砂時計のようにお金が流れていく生活がやっと終わったーって(笑)」

くぼ・みすみ◎1965年、東京都生まれ。2009年、『ミクマリ』で「女による女のためのR-18文学賞」大賞受賞。2011年『ふがいない僕は空を見た』で山本周五郎賞、2012年『晴天の迷いクジラ』で山田風太郎賞受賞。『アニバーサリー』『よるのふくらみ』『水やりはいつも深夜だけど』『じっと手を見る』など著書多数

<取材・文/熊谷あづさ>