認知症の人は
何を見ているのか

 徹底した取材のうえで物語を構築することで知られる川村さん。本作も取材に多くの時間を費やした。

川村元気 撮影/山田智絵
すべての写真を見る

200万部近い大ベストセラーになった有吉佐和子さんの『恍惚の人』は当時、痴呆と呼ばれていた認知症を日本で初めて本格的に取り上げた小説ですが、発刊は47年前。

 読んでみると、いまだにそのころから認知症のイメージが変わっていないことに驚きました。現在、認知症患者は500万人、2025年には700万人という推計もあり、これは65歳以上の5人に1人が羅患する計算です。

 もちろん大変なことはたくさんありますが、認知症が日常になっていくなかで、いつまでも『恍惚の人』のイメージでいいのかという疑問がありました。

 とはいえ僕は祖母の例しか知らないので、認知症の方100人近くにお会いして話を聞き、全国の10以上のさまざまなタイプのケア施設も視察しました。

 僕なりに今の時代の認知症と認知症に向き合う家族のリアリティー、その先にある希望を知りたかったし書いてみたかった。そこが取材の出発点だったと思います」

 本作は認知症の母とそれを見ている息子の目線が交互に出てくる。川村さんは“認知症の人が何を見ているのか”も書きたかったと語る。

例えば、徘徊にもちゃんと理由がある。それを認知症の方の目線になって知ることがとても大事だと思ったんです。知らないものは怖い、わからない、遠ざけたいのは当然です。でも、いろんな対策を講じる前に『ああ、こうなっているんだ』と知り、理解することが必要なのではないでしょうか」

 最後に読者へのメッセージをお願いした。

認知症が当たり前の世界がやってきます。そのときにそれを悲しい、悲惨とだけとらえていては生きていけません。だからこそ執筆にあたり、できるだけ希望の物語として描きたいと思いました。

 認知症というテーマですが、エンターテイメント小説として、ミステリーがあって、ラブストーリーがあって、ヒューマンドラマと感動で終わるものにあえてしたかった。物語に触れる中で読者自身が自分の記憶を蘇らせ、物語と読者の記憶が融合していくなかで小説が完結してほしいと願っています」

『百花』※記事内の画像をクリックするとAmazonのページにジャンプします

著者の素顔

 川村さん製作の映画『君の名は。』はハリウッドでの実写化が進行中だ。プロデューサー・JJエイブラムスとの打ち合わせのため、取材後はLAに飛ぶという。1年の3分の1は海外に出て仕事をこなすが、幅広い分野の仕事で多くの人と出会い、そこで受け取る言葉が作家としての自分のアドバンテージだと彼は言う。「出会った人それぞれに多様な人生のエピソードがある。例えばこの『百花』にも、執筆中に映画『億男』の公開を記念して対談した高橋一生さんから聞いた、彼と彼の祖母とのエピソードも入っています。日常的な会話の中でも、常に取材をしているようなものですね」と笑顔で語ってくれた。

<PROFILE>1979年、横浜生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。『電車男』『告白』『悪人』『モテキ』『おおかみこどもの雨と雪』『君の名は。』などの映画を製作。2011年には優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少受賞。’12年、初小説『世界から猫が消えたなら』を発表し、世界15か国で出版され200万部超のベストセラーに。’18年、初監督映画『どちらを』がカンヌ国際映画祭短編コンペティション部門に選出。ほかに小説『億男』『四月になれば彼女は』、対話集『仕事。』『理系に学ぶ。』『超企画会議』など。