終戦後、奈良刑務所は奈良少年刑務所と名称が変わり、原則として17歳から25歳までの受刑者が収容されるようになった。最終的には13種類の職業訓練コースを持つ一大職業訓練所となり、少年たちの更生に貢献してきた。

 加害者になる前に被害者であったような過酷な生活をしてきた少年たちは、ここで心を癒し、社会復帰のための職業訓練や教育を受けることができたが、その教育方針はきびしいスパルタ式ではなく、やさしさに満ちたものだった。

 明治の若き設計者・山下啓次郎の「人権」への願いは、戦後になって、ようやくこの美しい建物に響きだしたのだ。

 奈良少年刑務所は、国の重要文化財に指定され、2017年3月いっぱいで廃庁になった。記念式典で煉瓦建築の前でピアノを弾いたのは、ジャズピアニストの山下洋輔さん。この刑務所の設計者・山下啓次郎の孫だった。

 明治から百年を超えて矯正施設だったこの建物の光と影の歴史を、『奈良監獄物語 若かった明治日本が夢みたもの』(小学館)という絵本にした。ぜひ読んでみてほしい。

 旧・奈良監獄は、今後、史料館とホテルとして活用される計画になっている。史料館は今秋開館予定だ。光のみならず、その忌まわしい闇の歴史さえも、余さず展示してほしい。過去を真正面から見つめてこそ、望むべき美しい未来がやってくるのだから。

『奈良監獄物語 若かった明治日本が夢みたもの 』(小学館)
著=寮美千子 1,200円(税抜)
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【写真】歴史ある奈良監獄の味わい深いイラストはこちら
PROFILE
●寮 美千子(りょう・みちこ)●東京生まれ。 2005年の泉鏡花文学賞受賞を機に翌年、奈良に転居。2007年から奈良少年刑務所で、夫の松永洋介とともに「社会性涵養プログラム」の講師として詩の教室を担当。その成果を『空が青いから白をえらんだのです 奈良少年刑務所詩集』(新潮文庫)と、続編『世界はもっと美しくなる 奈良少年刑務所詩集』(ロクリン社)として上梓。『写真集 美しい刑務所 明治の名煉瓦建築 奈良少年刑務所』(西日本出版社)の編集と文を担当。絵本『奈良監獄物語 若かった明治日本が夢みたもの』(小学館)発売中。