中学に入学すると、いじめはさらにエスカレートした。放課後の廊下に生徒たちが並んでいる。帰宅しようとヴァニラさんが前を通ると、“ブス!”“気色ワル!”など、ひどい言葉を投げつけられた。

「小学校のときは、みんなが欲しがっていたものを親が買ってくれていたから妬まれやすかったのかもしれない。でも中学では、なんでいじめられたのか……。自分でもわからないです。目をつけられやすかったのかな……?」

 母・恵美子さんは転校が原因だったのではと推測する。

「転校生で、家を建て、どちらかといえば都会から田舎のほうに引っ越してきたというのがあって、変なふうに目立ってしまったのかしら、と」

小学生のころ、クラスで名前を呼んでくれるのは先生だけだった

父親からの心をくじく言葉

 つらかった中学時代、現在のタレント活動にもつながるものに出会う。音楽で、吹奏楽部に入部したのだ。

 いい演奏には全員が力を合わせることが欠かせない。調和を乱すいじめなど、入り込む余地はなかった。優しくしてくれた同性の先輩への思いも、今に続く音楽への愛を強めるものになったという。

 とはいえ部活以外の場面では、いじめは一向にやむ気配を見せなかった。そして、このころ父親から聞かされた言葉が、ヴァニラさんの心をより深く傷つけていく。

 “子どもは嫌いだ。お前なんかいらなかった─”

 小学校のころから、実の父親からそう言われて育った。さらには中学生時代、整形タレント・ヴァニラ誕生に少なからぬ影響を与えたであろう決定的な言葉を聞く。

 学校での、“ブス”“トロい”という言葉に耐えかね、思わず家族の前でこぼしてしまったときのことだった。

 父親から返ってきたのは、

 “本当にブスなんだからしょうがない! 整形でもするしかないだろ─!”

 俗に、“子は目に入れても痛くないほど可愛い”という。可愛い娘への、“ブスじゃない!”という言葉や、励ましを期待しての愚痴だったのかもしれない。だが切ない思いは粉々に打ち砕かれた。

 心をくじく言葉はこれだけでは終わらなかった。

「家の2階で寝ていると、1階にいる両親が話している声が聞こえてきて。気になって聞き耳を立てていると、私を施設に入れるという話が。両親から愛されていないのがわかりました」

 娘はこう語るが、母・恵美子さんの言い分は異なる。

「(夫は)仕事一筋の人で短気だし、娘に対してデリカシーのないところは確かにあったと思います。

 でも娘にはいい部屋を与えたり、娘を愛して育てていました。典型的な昭和の男性で、根本には愛情があるんですが、表現が下手で、照れもあってひどいことを言ってしまうんです。“整形するしかない”という言葉も、軽口のつもりなのに、本人の心にはピシャリときちゃったんだろう、と

 日本の男性にありがちな、“家族ならわかってくれているはず”という誤解と、愛情の裏返しとしての暴言。だが、幼かった娘には、それが理解できなかった。