将来の夢と母への恩返し

 幸男くんは来年の春に大学を卒業し、内定をもらったIT企業に入社する。

 これからはITの世界でも、システムが誰にとっても利用できる状態にあることが必要だ。視覚、聴覚、四肢……あらゆる障害のある人がITを使える仕組み作りが求められている。幸男くんの活躍の場はいくらでもある。

講演会のため山梨に帰省した長男・幸男くん 撮影/齋藤周造
講演会のため山梨に帰省した長男・幸男くん 撮影/齋藤周造
【写真】自転車、スイミング、一人での通学、何にでもチャレンジする幸男くん

 幸男くんに「親孝行」について問うと、将来を見据えた頼もしい答えが返ってきた。

「今は離れて暮らしているから、両親になにかあったら姉が助けに行くことになると思う。僕は金銭的な支援がメインかな。僕は普通に生きていけると思っているから、逆にいつか両親の介護を自分がやることもありうると思う」

 みゆきさんにはずっと恐れていたことがある。いつか、幸男くんに「どうして目が見えるように産んでくれなかったの?」と言われることだ。

 だが、幸男くんは1度もそう聞かなかった。理由はとてもクールで、彼らしい。

「意図的に産んだのなら“どうして?”って聞くけど、そうじゃないでしょ」

 一方、みゆきさんが幸男くんに「iPS細胞の技術とかで、もしあなたの目が治ることになったら、どうしたい?」と尋ねたことがある。すると、幸男くんはこう答えた。

「嫌だよ絶対。だって、平仮名の『あ』の形もわからないんだよ。そんなの単なるバカじゃん。今までできていたことができなくなるってことでしょ。そんなの怖いよ」

 全盲であることはマイナスではなく、彼らには彼らの住む、別の世界がある。「見えないから不便だろう」と思うのは見える側のエゴなのだと、そのとき息子に教わった。

「子どもたちが立派に巣立って、夢に向かって突き進む姿を見て、今やっと自分がしてきた子育ての、ひとつひとつに丸つけをしてもらっている感覚です」

 みゆきさんは幸男くんに「可愛がられる障害者になりなさい」と教えてきた。

 幸男くんはその言葉どおり、今たくさんの人に支えられている。

「ひとりでやれることはやるけど、難しいことまで頑張ってやろうとは思わない。できないことは誰かに頼もうと思っています。頼める人をいっぱいつくっておけば、ひとりの負担は増えないですよね。申し訳ない気持ちがあるならお礼にご飯を奢ったりしながら、一緒にいられる人といればいい。今は後輩によく面倒を見てもらっています」

 でもね、と幸男くんは続ける。

「可愛がられる障害者って、モテないんですよ(笑)。僕の中には恋愛アプリがインストールされていないから」

 ボケをかます息子に、「だったら、とっととダウンロードしてこい!」と、みゆきさんがすかさず突っ込む。2人のやりとりは、まるで漫才のようだ。

 今、2人がこんなに和やかな関係なのは、みゆきさんが20年間、応援団長に徹してきたからこそなのだろう。


取材・文/和久井香菜子(わくい かなこ)編集・ライター、少女マンガ評論家。大学では「少女漫画の女性像」をテーマに論文を執筆し、少女マンガが女性の生き方、考え方と深く関わることを知る。視覚障害者によるテープ起こし事業『ブラインドライターズ』代表も務める