近所の住民らの話によると、ヒデさんがデイサービスを利用するのは週2回。深谷容疑者は午前8時半ごろ、マンション前に立って送迎車が来るのを待ち、夕方になると早めに道路端に立って出迎えた。

マンション玄関にはスロープがあり、車イスは出入りしやすかった
マンション玄関にはスロープがあり、車イスは出入りしやすかった
【写真】ベランダにあった竹ぼうき、これで夫を叩いたのか

 ほかの日は車イスを押して散歩することも多く、深谷容疑者が「花がきれいだね」とヒデさんに話しかけるなど仲睦まじい様子だった。坂道の多い街で車イスを押して歩くのは重労働だったはず。

 夫婦と話したことがない近隣住民からは「親孝行な息子さんだと勘違いしていた」(70代男性)という声もちらほら。周囲にはそれほど献身的に見えたのだろう。

認知症のはじまりか

 しかし、病状が悪化するにつれ、ヒデさんの内面に変化が……。前出の店主が言う。

「旦那さんの浮気を妄信するようになったんです。“看護師といい関係になって私を毒殺しようとしている”とか、“訪問介護士とデキてて私の洋服をあげちゃう”“介護士が私の指輪を盗んだ”などと、つじつまの合わない話を繰り返すようになってしまって。おそらく認知症が始まったのでしょう」

 ヒデさんを知る人は「おしゃれな女性だった」と口を揃える。たまご肌で実年齢よりずっと若く見え、ウイッグをつけていた。ピンクや薄紫色のレースのついた洋服が好きだったが、介護を受けるようになってから「着替えさせてもらいやすいようにゴムつきの服にする」と実用性をとるようになった。それでも最初は、深谷容疑者の前では悪口を言うことはなかったという。

 ところが……。

「ついに“あの介護士とデキてるんでしょ!”と長いほうきでバンと叩いてやったと言うんです。“あんなに一途な旦那さんをそんなふうに言ったらかわいそうよ”となだめたんですが、嫉妬は止まりませんでした。浮気なんて絶対ないのに。認知症が進んでいたのかもしれませんが、年をとってからの恋愛で、旦那さんを奪われることを心配したのかもしれません」(同店主)

容疑者宅ベランダには竹ぼうきが。ヒデさんはこれで夫を叩いたのか
容疑者宅ベランダには竹ぼうきが。ヒデさんはこれで夫を叩いたのか

 愛する妻に献身的に尽くしながら、そう罵られるのは辛かったろう。

 年金生活は楽ではなかったとみられる。近所の自転車店の店長によると、深谷容疑者は約5年前、買い出しに使う電動機付き自転車を中古で購入した。総額8万円のうち頭金を3万円入れ、月1万円ずつ分割払いしたという。

 こうした生活の中、引っ越し期限は迫り、ひとりでその準備に追われていたことは前述した通り。転居先の条件としては家賃のほか、車イスで生活しやすいよう現在と同じ1階で玄関にスロープがある物件が望ましかった。仮に希望がかなったとしても、周囲との人間関係はまた一から構築しなければならない。

 行政支援や地域の民生委員が相談に乗ることはなかったのか。郡山市に聞くと、

「市の相談窓口に来訪したかどうかや、民生委員がタッチしたかどうかは、個人情報のため答えられない」(市保健福祉総務課)との回答。

 ドラマチックな熟年愛はどうすればハッピーエンドにできたのだろうか。