あまりの居心地のよさに“人間失格” 

 1897年に造られたヤマニ仙遊館は、威風堂々のひと言に尽きる。本館と土蔵は国指定の有形文化財に登録され、重厚感のあるY字路階段や、趣きのある廊下は「これぞ逗留湯治!」と見惚れる。

 ゆえに館内のどこで写真を撮っても、太宰おなじみの“左手で頬杖をつくポーズ”になってしまうのも致し方ない。

 部屋の広縁の窓からは、彼が思いふけって眺めたか、平川や阿闍羅山が見渡せ、和室に置かれた津軽塗の座卓は旅情感を増幅させる。それでいて、1人7000円前後(平日/素泊まり)といううれしいお値段。ここで静養していれば《メロスは激怒した》ことにはならなかっただろうに。思いっきり太宰に感化された文章を書いてしまい、私はひどく赤面した。

 もちろん、ご飯も美味しいんです。朝食は、伊藤博文(ヤマニ仙遊館に泊まったとされる)の書が飾られた広間で郷土料理の和定食をいただく。

朝食は、小鉢が多いのがうれしい「津軽のカッチャおかず」。カッチャとは、津軽弁で「かあさん」「おばちゃん」の意味
朝食は、小鉢が多いのがうれしい「津軽のカッチャおかず」。カッチャとは、津軽弁で「かあさん」「おばちゃん」の意味
【写真】文豪ゆかりの宿で“左手で頬杖”、気分はまるで太宰治!?

 地元名産物の大鰐温泉もやし、大鰐温泉熟成味噌など、太宰も口にしたであろう郷土の味を静穏な空間で楽しめるのは、なんとも贅沢。

 都会の空気に悪酔いした心身に、ふるさとの味が沁みわたります。

 夜は、本館に隣接する土蔵をおしゃれに改築したレストラン「WANY」で、打って変わって洋食(別途料金)が味わえる。

 朝夜和洋のコンビネーションに、太宰なら嬉々と延泊することだろう。まさに居心地がよすぎて幸福感に包まれる、“人間失格”になってしまいそうな宿。