外国人を意識したリニューアルで見事復活

 それにしても、なぜ今になって“太宰ゆかりの宿”として脚光を浴び始めたのか。

「先代以前は昭和のレジャーブームにも影響されず、派手な投資もせずに、地道に旅館を営んできた。PR含め、太宰を売りにするようなこともしてこなかったんですね」

太宰治の小説にも登場した大鰐温泉。築造当時の面影が今でも残る
太宰治の小説にも登場した大鰐温泉。築造当時の面影が今でも残る
【写真】文豪ゆかりの宿で“左手で頬杖”、気分はまるで太宰治!?

 バブル崩壊後は大鰐温泉も例にもれず、苦しい時期が続き徐々に活気は失われ、'15年の春にはヤマニ仙遊館も温泉街全体の客の落ち込みなどの理由からいったん休業する。

 その後、本格的にバトンを引き継いだ啓介さんは、国指定の有形文化財への登録や土蔵の改装を手がけるなど、外国人客や個人客の関心を集めやすいように奔走する。

 そして、昭和の好景気時に大鰐の多くの旅館がホテル風に改装される中、リニューアルされることなく、築造当時の面影と津軽の風情を残していたヤマニ仙遊館。この偶然の産物も手伝い、今年春に4年ぶりに営業を再開するや否や、話題の宿によみがえったという、まるで小説のような話。

「太宰が過ごした古きよき大鰐温泉と、新しい大鰐の魅力をうまく混ぜていきたいです。大鰐温泉に活気を取り戻すためにも、当館が率先して魅力を発信していきます」

『津軽』に書いてまで伝えたかった“悪酔い”とは無縁の大鰐の姿。泊まってみて、それがよくわかる宿だった。

《幸福感というものは、悲哀の川の底に沈んで、幽かに光っている砂金のようなものではないだろうか》

 没落した津島家をモデルに『斜陽』を書き上げた太宰。

 しかし、彼が家族で過ごした思い出の大鰐温泉は再び、光り輝こうとしている。


ヤマニ仙遊館
青森県南津軽郡大鰐町蔵館村岡47-1
アクセス:JR大鰐温泉駅より徒歩12分
東北自動車道弘前大鰐インターより車で15分
TEL:0172-48-3171
詳細と予約は https://senyukan.com/

取材・文/我妻弘崇