さらに'76年モントリオール五輪の際には、宇佐美彰朗、宗茂、水上則安という男子マラソン代表3人の靴作りに携わるチャンスを得た。トップランナーもプロだが、三村も靴作りのプロ。単に「この靴はどうですか」「足に合いますか」「直すところはないですか」と御用聞きのように対応したらベストな走りは引き出せない……。そう考え、彼らが納得できるアドバイスや意見を口にできるよう努力を重ねた。

足というのは中・高生の成長期や体重の増減があったとき、選手の走力がアップしたときに大きく変化します。足の特徴やケガの有無、走り方など個人差もあります。そういう知識を頭に叩き込んでいないと的確なアドバイスはできない。そうなるまでに5年くらいはかかったのかな。モントリオールのころはまだその領域には達していなかった気がしますね」

スポーツシューズ職人『M.Lab』三村仁司さん 撮影/齋藤周造
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家にいない父、家族の支え

 男ばかり70人の開発部に新入社員として入ってきた11歳年下の妻・美智子さん(60)と結婚したのは'77年のこと。後に3人の子どもにも恵まれた。

「もともとやり投げの選手だった私は、入社して陸上部に入り、主人に靴を作ってもらったのが最初の接点でした。部署も一緒でしたが、出張が多くて会社にはほとんどいない。結婚後も夫は多忙で子どもの授業参観や運動会にもほとんど来たことがない状態でしたが、家では仕事の愚痴ひとつこぼさず、子どもたちを可愛がる子煩悩な父親でした

 長女と長男は現在、『M.Lab』で一緒に働いている。

 長女の由香里さん(40)は、「ウチは母子家庭みたいなものでした」と言う。

「小学生のとき、テレビでマラソンや陸上の大会を見ていると“今、お父さんはここに行ってるんだよ”と母に言われることがよくありました。仕事をしている姿を見たのは一緒に働き始めてから。朝から夜遅くまでご飯も食べずに靴の調整をする父の熱心な様子を見て、靴作りへの情熱を知り、初めて尊敬しましたね

 長男・修司さん(36)は子どものころの父親との数少ない思い出をこう打ち明ける。

「小学校のマラソン大会前の朝のランニングですね。朝食前に父が“一緒に走るぞ”と言って僕と姉を連れ出すのが日常茶飯事で、距離的には1~2kmとそれほどでもなかったですけど、“自分が靴の仕事をしているから子どもたちは上位じゃないとダメ”というふうに考えている様子だった。そのプレッシャーを感じながら僕らも走りました