山本医師が、この問題に関心を抱くようになったのは、当時、彼女が勤務していた福島県で梅毒が急増したからだ。福島県の人口当たりの梅毒患者は2014年までは全国で40位以下だったのが、2016年には東京都、大阪府に次ぐ3位になった。

 福島県外に住む人なら、東日本大震災後、被災地に入って来た人たちが拡散させたと考えるだろうが、彼女は「福島の大部分は普通の生活が続いています。外部から入って来た人の数は限られており、彼らの影響だけで梅毒患者が増えるとは考えられなかった」と振り返る。

 そこで彼女が注目したのが、出会い系アプリだ。

 意外かもしれないが、福島県はSNSの利用者が多い地域だ。

 日本での出会い系アプリのユーザーが増加したのは2015年の春だ。福島県で梅毒が急増した時期とも一致する。

SNS利用率との相関は強い

 話を日本に戻そう。山本医師は鈴木陽介医師らと協力して、3つの出会い系サイトの都道府県別利用率と梅毒の新規報告数の関係を調べた。相関係数は0.76、0.74、0.69だった。

 相関係数は1.0~マイナス1.0の間で2つの変数の関係を示す指標だ。1.0に近いほど、両者は相関する。

 福島県と同様に、大阪府、東京都、福岡県、愛知県、岡山県、広島県などのSNSの利用率が高い都府県で、梅毒の新規報告数が多い傾向があった。

 梅毒は外国人からもたらされたと主張する人もいるが、在留外国人数、外国人宿泊者数との相関は0.50、0.23で明らかな相関はなかった。

 この調査結果は、SNSの利用と梅毒感染に相関があることを示している。

 もちろん、これはあくまで相関で因果関係を証明したわけではない。SNSをする人が梅毒に罹りやすい別の理由があるのかもしれず、両者の関係を明らかにするにはさらに研究が必要だ。

 ただ、このように主張しているのはわれわれだけではない。アメリカのジョナサン・マーミン博士はニューヨークタイムズ紙のインタビューで、「ティンダーのような出会い系アプリの登場は、性感染症増加の原因かもしれません。ただ現時点では、その影響は証明されたわけではありませんが」と答えている。

 SNSが普及し、若者の行動は変わった。性感染症が蔓延しやすくなっているかもしれない。この問題に取り組むには、状況に応じた適切な対策が必要だ。そのためにはまず実態調査だ。今後、研究も進むだろう。


上 昌広(かみ まさひろ)◎医療ガバナンス研究所理事長 1993年東京大学医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の臨床および研究に従事。2005年より東京大学医科学研究所探索医療ヒューマンネットワークシステム(現・先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年より特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長。