'06年春、多くの人に寄り添ってきたセラピードッグ1号犬のチロリは、生涯現役を貫き、乳がんで亡くなった。

 チロリについて書かれた大木さんの本『名犬チロリ』は、多くの人々に読まれ、セラピードッグの活動は、さらに世間に広く知られるようになっていった。

 2011年の東日本大震災のときは、セラピードッグによる慰問、被災犬の救助も行った。

 国際セラピードッグ協会には、現在71頭の犬がいる。捨て犬が40頭、震災で救助された震災犬が31頭である。そのうち、現役のセラピードッグとして活躍しているのは41頭だという。

 協会では、大木さんが講師を務める、愛犬家のための『セラピードッグ訓練セミナー』も行っている。

「90分の授業を受けるために、全国から愛犬を連れた方が集まってきます。みなさん愛犬を何とかチロちゃんのようにしたいと思って来るんですね」

 このセミナーの大きな特徴は、犬が訓練を受けるだけではなく、飼い主もハンドラーとしてのトレーニングをする点にある。

 セミナーの卒業生の中から、飼い主がハンドラー、愛犬がセラピードッグとして活動に参加するケースも増えている。

セラピードッグと迎えた幸せな死

大木さんはライブの際にセラピードッグを登場させ、普及に努めている
大木さんはライブの際にセラピードッグを登場させ、普及に努めている
【写真】殺処分直前に保護され、セラピードック第1号となったチロリ

 参加者にはもうひとつ理由があると大木さんは言う。

「みなさん家庭に悩みがあるんですね。例えば、“子どもが登校拒否”とか“母子家庭である”とか“おばあちゃんが認知症だ”とか。わが家の犬をセラピードッグにして、家族を助けてもらいたい、そういう気持ちがあるんですよ」

 大木さんはある夫婦にセラピードッグを特別に提供したことがある。

 喉頭がんで余命半年と言われた要介護5の男性は、在宅でセラピードッグと過ごすようになって、5年間も延命した。

 その人が亡くなった日の自宅での光景が大木さんは忘れられない。

「亡くなった男性のベッドの中から、犬のためのおもちゃがいっぱい出てきました。それを見た検死官が奥さんに“幸せでしたね、この方は”と言ったのです。奥さんは犬を指さして私に“この子のおかげなんです”と言って、微笑みながら涙を流してくれました」

 大木さんは、よく「今までに何頭の犬を救ってきましたか?」と聞かれるという。

「答えられないんです。例えば保健所の収容室に30頭の捕獲された犬がいても私が救えるのはせいぜい3頭。ほかは殺される。私は見捨ててしまったんです。3頭を抱えて出ていく私を残された子たちがじっと見ている。大変なプレッシャーですよね。人は“しょうがないですよ”と言う。いや、そんなことはない。私にもっと力があったら、全部連れて帰ってくることができたはずなんです」

 湯川れい子さんは、民間団体による活動の限界を指摘する。

「私も音楽を使って認知症の改善をする『音楽療法』の活動をしています。でも、残念ながら全国的にはまだ広がっていない。大木さんの活動は全国的になったけれど、国から補助金が出る仕組みや介護に必要なものだという認識がもっと必要だと思います」

 千葉県にある協会のトレーニングセンターの一室には、セラピードッグとして命を終えた犬たちのお骨が納められた納骨堂「メモリールーム」がある。

 大木さんは、活躍した多くの犬たちの「死」に立ち会ってきた。

「私が救った犬たちが立派なセラピードッグになって、人の役に立ち、そして私の腕の中で死んでいった。つらいですよ。私は世界一のペットロスです。でも、その死を無駄にしないぞ、と思えば、力に変わるんですよ。だから、どんなに巨大で怖い相手であろうと直球を投げられる。怯まない。

─Do the right thing!

 迷っていないから怖いものはない。それは犬たちが教えてくれたことなんですよ

 かつて大木さんが活動を始めたころの犬の殺処分は、65万頭だった。それが平成30年度には7687頭にまで減少している。セラピードッグのさらなる活躍と、悲願の殺処分ゼロに向けて、大木さんの戦いはまだ終わっていないのだ─。


取材・文/小泉カツミ(こいずみかつみ) ノンフィクションライター。医療、芸能、心理学、林業、スマートコミュニティーなど幅広い分野を手がける。文化人、著名人のインタビューも多数。著書に『産めない母と産みの母~代理母出産という選択』など。近著に『崑ちゃん』がある

撮影/渡邉智裕