「要介護5」でも奇跡は起きた

 それから大木さんは、実際に捨て犬を助ける取り組みを積極的に行うようになる。捨て犬たちはどんどん訓練を吸収していった。

「チロリがリーダーシップを取りました。怠けるやつを叱るんですよ。すると、みんな頑張る。それを見ていて、“この子たちは何か持っているな”と思いました。簡単に言うと、敗者復活ですね。共通点は“明日殺される”ですよ。みんなかつては名前もあっただろうし、どこかに住んでもいた。しかし、殺される運命を背負った。そんな捨て犬がセラピードッグになれるなんてすごいでしょ!

 チロリの活躍によってセラピードッグが認められるようになり、2000年、千葉県に訓練所を開設。'02年には「国際セラピードッグ協会」を設立した。その間、チロリは多くの高齢者とその家族を救っていた。

 要介護5のアルツハイマーを発症した堅物な長谷川さんもそのひとり。

 家族から「うちのおじいちゃんは犬が大好きでした。だからチロリに会わせてほしい」と懇願され、大木さんはチロリを連れて会いに行った。家族の名前もわからない、言葉も発しない。トイレも行けない状態だった。

「最初は無反応でしたが、行くたびに“長谷川さん、目の前に大好きなワンちゃん、チロちゃんがいますよ。どうぞ、触ってみてください”と言うんです」

 するとある日、“めんどくせえなあ”と言いながら、しぶしぶ手をのばしてチロリに触った。まず、しゃべったことに家族は驚いたという。

 その後も何度か通ううち、ボソリと「チロリか」とひと言。今度は名前を覚えてくれたのだ。

ベッドでチロリに添い寝をされてうれしそうな長谷川さん
ベッドでチロリに添い寝をされてうれしそうな長谷川さん
【写真】殺処分直前に保護され、セラピードック第1号となったチロリ

 そんな長谷川さんをチロリはじっと見つめてアイコンタクトを送り続けた。そして自らベッドへと入っていく。

 次第に長谷川さんは、チロリに向かって話すようになっていった。

「俺は釣りが好きだよ、チロリ」

 少しずつ言葉と笑顔を取り戻し、トイレも自分で伝って行けるようになった。

「最も大事なことは、チロリの名前を覚えることから、家族の名前をもう1度引き出すこと。“この子はチロちゃん。じゃあ、長谷川さん、この人は誰ですか?”と隣にいる娘さんを指さす。“娘さんの明美さんですよ”。そうやって、チロちゃん、明美さんと繰り返していく。これが動物介在療法なんですね」

 すると、あるとき彼は娘さんを見て、

「明美、こんなところで何をやっているんだ?」と声を上げたのだ。

 家族は涙を流して喜んだという。