男性介護者が決して無視できない存在に

 この分野の研究の第一人者、立命館大学産業社会学部の津止正敏教授によると、介護の実態調査が初めて行われたのは1968年。この時点では男性介護者の割合はまだ全体の3%弱にすぎなかった。ところが'70年代半ばに入ると8%超へ増え、その10年後には15%近くに達し、'01年には23%を超えた。以後も割合は増え続け、いまや34%を占めるほどに。

 増加の理由について、津止教授はこう指摘する。

「大家族の時代は、家事に専念し、家族の収入に影響しない専業主婦が介護を担っていました。ところが'60年代の高度経済成長に伴い、家族の形態は核家族が主流になりました。この結果、大家族時代に比べて専業主婦の介護者が減り、男性介護者が少しずつ現れ始めたのです」

夫や息子をはじめ、現代では介護の担い手が多様化していると津止教授は指摘する
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 '85年には男女雇用機会均等法が成立し、女性の社会進出が進んだ。さらにはバブル崩壊で非正規労働者が増え、非婚化が進んだことも男性介護者の増加に拍車をかけた。

 増えたと言っても、男性介護者が悩みを共有できる居場所は少なく、まだ市民権を得ていなかった。それが一般的に認知されるようになったきっかけのひとつは、2006年冬に京都市で起きた介護殺人だという。

 認知症の母親(86)の介護で生活苦に陥った息子(54)が無理心中を決意し、母親を殺害した事件だった。自身は自殺を図ったが一命を取りとめ、承諾殺人の疑いで逮捕された。やむにやまれぬ事情から殺めてしまった息子に同情が集まり、京都地裁の公判を傍聴していた津止教授も、そのときの様子をこう振り返る。

「被告本人はもちろんですが、弁護士もハンカチで涙をぬぐい、傍聴席からはいくつもの嗚咽(おえつ)が漏れていました。まさしく“地裁が泣いていた”んです」

 事件はメディアでも大きく取り上げられ、これを機に男性介護者の存在が注目を集めるようになった。

 それから3年後の'09年には、「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」が発足した。津止教授が事務局長を務めるこのネットワークは、男性介護者による不幸な事件の防止に向け、同士の交流や情報交換の促進を目的としたつながりだ。この動きは徐々に広がり、会員数は現在、約700人にのぼる。