内なる男性像との闘いが待っている

 ネットワークの発足から11年が経過した現在、男性介護者を取り巻く環境はどのように変化したのか。

「男性介護者という言葉が社会に認知されてきたことを実感します。一方で、男性介護者を通して見える新たな問題も浮き彫りになりました」(津止教授)

 その最たるものがやはり、仕事と介護の両立の問題だ。総務省の就業構造基本調査によると、仕事と介護を両立している人は約350万人。介護離職する人は年間約10万人で、ここ数年は横ばい状態だ。つまり今後も毎年10万人ずつ介護離職した場合、その背後に、約300万人以上の予備軍がいることになる。

 そんな現状とは裏腹に現行の介護保険制度は、要介護度が軽い人をサービスの対象からはずす重度化へシフトしている。例えば'15年に施行された改正介護保険法では、要介護3以上でなければ原則、特別養護老人ホームには入居できなくなった。要支援に続いて、要介護1、2もデイサービスや生活援助サービスの対象外にする方向で議論が始まっている。

 軽度の人がサービスを受けづらくなれば、そのぶん、家族に負担がかかり、仕事と介護の両立は難しくなる。津止教授が語気を強めて言う。

「政府は『介護離職ゼロ』を掲げながら、一方では介護と仕事の両立をこなしている人々への直接的ダメージになるような政策を進めようとしています。これは政策的矛盾の典型です」

 '21年1月からは、介護休暇を1時間単位で取得できる新制度が始まるが、個々の企業任せになれば、その実効性は不透明だ。

 介護殺人や高齢者虐待の問題も男性に多い。前者は加害者の7割が男性だという大学教授の調査があるほか、後者は厚生労働省の調査で、加害者の4割は息子だった。女性に比べて、男性のほうが介護で追い詰められやすい実情を反映しているようだ。

 その背景には、不慣れな生活環境から起きる介護負担の重さと孤立の問題があるという。さらにはジェンダーの視点からみた、男性ならではのプライドも関係している。津止教授が言葉を継いだ。

「男性介護者たちの多くは、社会がモデルにしている『家庭の大黒柱』を色濃く内面化している。その規範に縛られるあまり『なんで俺が?』となる。家事や介護が恥ずかしいと感じるのは、その一面です。それは自分の内なる男性像との闘いでもあるのです」

 現実には男性介護者が増え続け、男性が介護を担わなければならない時代はすでに到来している。しかし、われわれの意識の中にはまだ、女性が担ってきたかつてのイメージを引きずっており、実態と意識が乖離(かいり)したままになっているのだ。