セクシー路線も水商売もチャンスと信じ

 作戦を変更し、セクシー路線での売り込みをかけた。すると飯島愛や細川ふみえらが出演し、深夜番組としては異例の高視聴率を取っていた『ギルガメッシュないと』(テレビ東京系)への出演が決まる。初めてつかんだテレビ出演に守さんと肩を抱き合って泣いたという。

 流行っていた「Vシネマ」にも出演し、ヌードも殺され役も厭わず臨んだ。「どんな形でも売れさえすれば、好きな歌も歌えるようになるから」という守さんの言葉を信じていた。

 やがて深夜番組で知り合った友達に誘われ、2人の生活費を稼ぐため、六本木の会員制クラブでも働いた。そこはタレントのたまごが歌やダンス、コントを披露する店だった。

「その仕事も5年やりました。知らない人としゃべるトーク術を学びましたね。ショータイムも楽しかったですし、テレビ局の関係者も来ていたので、どこかチャンスがあればいいなと思っていたんです」

 お客として店に訪れていたという衣装デザイナー・松川えまさん(53)が当時のLiLiCoの印象を語る。

「とにかくインパクトが強かったですね。歌がすごくうまくて、志村けんさん的な顔芸も面白かったですし。キレイだけど変な色気がなくて、竹を割ったような性格でした」

20歳のころのLiLiCo
すべての写真を見る

 当時、アイドルになりたいという強い思いがヒシヒシと伝わってきたという。

「私はアイドルになりに来た。だからなる、と言ってました。この作品に出たと見せてくれたのがVシネマで、アイドルになりたいならマズいんじゃない? と言ったら、いいの、とにかく出ないとダメなのって。公園の水で身体を洗っていたなんて、寒かったでしょ? と聞いても、スウェーデンだったら寒くて死んでるけど、全然暖かいよと。あのメンタルの強さはすごいと思いましたし、彼女ならきっと成功すると確信していました

 会員制クラブで新しい交友関係が広がっていく一方、水商売で働くことに難色を示していた守さんとは溝が深まっていった。そのころは事務所兼住居のアパートで暮らせるようになっていたが、ひとり暮らしをしたい思いも募り、別の道を歩むことにした。

「守さんが育ててくれなかったら今の私はありません。男女の関係を疑う人もいたけど、そんなことはなくて、家族であり師匠であり同志でした。あれから音信不通のままですが、“LiLiCoは俺から離れてよかった”って言ってたと風の便りに聞きました。当時使っていた携帯番号は今もそのままにしています」

 28歳のとき、小さなワンルームマンションを借りた。もう売り込んでくれる人はいない。自分の力でやっていこうと心に決めていた。

 すると会員制クラブの常連客からCMで企業名を英語で言うサウンドロゴの仕事を紹介される。アメリカで大ヒットしていた大人向けアニメ『サウスパーク』の声優の話もきて、オーディションで採用された。演歌歌手でもセクシータレントでもない新しい道筋が少しずつ見えてきた。

 そのころに知り合った碓氷由加さん(47)は、近くで見守り続けてきた親友だ。

「彼女は見た目が派手でワイルドな印象ですが、実際は日本人より古風なところがあって、気遣いにあふれているんです。どうしたら周りが喜んでくれるかを常に考える人なので、人を楽しませて笑顔にするという今の仕事にとても向いていると思います」

 ただ1度だけ、LiLiCoがスウェーデンに帰ると言ったことがあったという。

「大失恋したり、あてにしていた仕事がうまくいかなかったり、いろんなことが重なったんですが、そんなことで弱音を吐く人じゃなかったので、慌てて彼女を訪ねました」

 LiLiCoは悲しい顔で「もう私は何やってもうまくいかない。このまま日本にいてもしかたない」と消え入りそうな声で言ったという。

「とりあえず上がらせてって中に入って、こんなときは食べるのがいちばんだってお鍋をやったんです。これでもかっていうぐらいお肉もたくさん入れて。そしたら作りすぎちゃって……あのときは食べすぎるぐらい食べたねって今でも笑うんですけど」