'60年2月に上皇ご夫妻(当時皇太子ご夫妻)の間に、待望の第1子となる浩宮さま(現在の天皇陛下)がご誕生。

 美智子さまは上皇さまとともに、それまで伝統的だった乳人制度を廃止し、親子一緒に生活を送るなど、皇室の“育児改革”を進められた。

 ご公務などによって数日間家を空ける際には、美智子さま独自の“教育方針”を近しい職員に渡されていた。

「地方や海外訪問で数日間いらっしゃらないことが多かったのですが、ご両親と職員の教育方針が違ってはならないため、お付きの人たちに託したのが、いわゆる“ナルちゃん憲法”という育児メモ。

 例えば“1日1回はひとり遊びする時間を与えてください”“投げたものは自分で取りに行かせてください”“1日1回はしっかりと抱いてあげてください”と、細かい指示が記されていたのです

 そう話すのは、皇室を長年取材するジャーナリストで文化学園大学客員教授の渡邉みどりさん。

 実はこの“ナルちゃん憲法”は、もともと美智子さまのお母さまである正田富美子さん('88年没)が原点だった。

母が学んだドイツの育児法が美智子さま、そして陛下へ

「浩宮さまを育てるにあたり、心強い助けになったのは母・富美子さんの“育児記録”だったそうです。

 正田夫妻は、ドイツ滞在中に美智子さまのお兄さまで長男の巌さんを出産したのですが、このとき富美子さんはドイツの近代的な育児法を学ばれ、育児に関する注意事項を記録されていたそうです。

 それは“幼児のうちに独立的な人間性を身につけさせる”というもので、例えば、赤ちゃんが泣きじゃくっても“時間にならないと母乳を与えない”“むやみに添い寝をしない”といった内容でした。

 この育児記録が、美智子さまが5年間書き続けられた“ナルちゃん憲法”の原点なのだと思います」(渡邉さん)

美智子さまと母・正田富美子さん(1958年ごろ)

 お子さま方の食事にも、ご自分がキッチンに立たれるほどに気を遣われていた。

「美智子さまは市販の離乳食を使わず、宮内庁大膳課職員や侍医と相談しながら、お子さま方の献立をお考えになり、公務のないときはご自身もキッチンに立って、離乳食をお作りになっていたのです。

 例えば、生後6か月の浩宮さまにはマッシュポテトやニンジンの裏ごし、7か月では豆腐とほうれん草の裏ごしなどです。当時、美智子さまが記されていた“離乳食日記”には、浩宮さまが好まれたメニューに印がつけられていました」(渡邉さん)