大学は、いち早くオンライン授業が開始されたとのこと。ロックダウン中の中村さんの1日は?

「朝、ラジオ体操をし、朝食をとった後、9時からオンライン授業を受けました。授業は1コマ2時間で、多くの日は3コマぶっ続け。とてもハードで、終わると午後3時です。その後、必要に応じて夫が買い物に行き、私は休憩。6時からテレビで記者会見を見て、7時ごろから食事の準備をし、8時ごろからお酒を飲みながら食べる。食後は、メールのチェックをしたり、日本の状況を調べたり。その繰り返しでした」

ロックダウン中のボローニャ市内中心部(中村さん提供写真)
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「玄関前に地ビール」さりげない隣人の心遣い

 日本の友人たちから、在イタリアを気遣うメールが多数届いたが、イタリア人の友人たちからのメールはひと味違った。 “おもしろ動画"がどんどん送られてきたのだ。「クスッと笑える30秒ほどの動画。こんなときだからこそ、明るくいようね、というメッセージですよね」。大いに共感した。中村さんも、転送して、拡散したという。

「明日、夕方6時に窓を開けて、歌を歌おう。楽器を奏でよう。これが成功すると、イタリア全土がコンサート会場になるかもしれないね」というメールも届いた。

 日本でも報道された、窓やベランダから、いっせいに歌声が響いた、あの試みだ。そのただ中で、中村さんは、『ベッラ・チャオ(さらば恋人よ)』を歌った。ナチスとファシズムへの抵抗を続けたパルチザンの讃歌として、広く国民に知られる曲だそう。それまで知らなかった隣人らとも、窓to窓で微笑(ほほえ)み合う。「音楽でお互いの士気をあげようと、素晴らしい思いつきですよね。大成功したようです」。

ロックダウン中のスーパーの入店待ち列(中村さん提供写真)

 届いたのは、メールばかりではなく、ある日、玄関ドアの前に地ビールが1本置かれていたこともあった。

「オンラインで6本注文したので、おすそ分けよ」と、同じアパートに住む女性からだった。その人は、別の日、小津安二郎監督の映画のDVDを「見たことある?」と言い、貸してくれた。「日本から来て、大変ね。でも、私はあなたのことをずっと気にかけているからね」という、言わずもがなの心遣いだ。中村さんはじ〜んとした。

「人がいて、自分がいると感じるんです。コロナは、感染した誰々さんの問題ではなく、みんなの問題。みんなでつながり、分かち合おう。そうして、希望をつむいでいこう──という、この国の人ならではのポジティブさ、大好きです」

 6月3日からは国内すべての移動制限が解除される予定だ。ロックダウンの「完全解除」が近い一方で、感染再拡大、経済の落ち込みがささやかれるイタリアだが、この日、中村さんの声はとことん明るかった。過酷な状況に不安が募り、他人の行動を糾弾する“自粛警察"などが問題になる日本。中村さんの話を聞き、前向きでいること、人を思いやる気持ちを忘れずにいたいと、改めて思う。


取材・文/井上理津子(いのうえ・りつこ)
1955年、奈良県生まれ。タウン誌記者を経てフリーに。著書に『葬送の仕事師たち』(新潮社)、『親を送る』(集英社)、『いまどきの納骨堂 変わりゆくお墓と供養のカタチ』(小学館)、『さいごの色街 飛田』(新潮社)、『遊廓の産院から』(河出書房新社)、『大阪 下町酒場列伝』(筑摩書房)、『すごい古書店 変な図書館』(祥伝社)、『夢の猫本屋ができるまで』(ホーム社)などがある。