いまの社会には【批判】が足りない

 政府や国会では、ネット上の誹謗中傷対策に関する議論が続いています。報道によると、総務省は名誉毀損(きそん)などの権利侵害があった被害者に対して、発信者の電話番号を開示できる制度を作ろうとしています。また、自民党内では、ネット上の中傷や権利侵害への対策を検討するプロジェクトチーム(PT)ができました。PTの座長は、党女性局長の三原じゅん子参院議員です。

 三原氏は、自身のツイッターでこのように発信しています。

《政治家として#批判(物事に検討を加え、判定・評価する事)は甘んじて受け止めますが、#誹謗中傷(他人への悪口、罵声等により名誉を毀損する事)は違います》(2020年5月25日)

《政権批判を弾圧すると心配されている方が多いようですが、私たちが進めようとしていることは、そういうことではありません。#批判と#誹謗中傷は全く別のもの。#人格否定、#人権侵害をなくし、ネット上の書き込みで苦しんでいる方々を救いたい…》(2020年5月30日)

 三原氏の【誹謗中傷】と【批判】の意味の区別に異論を唱えるつもりはありません。注目すべきは、三原氏がこうした発言と日々の行いとを一致させられるかどうかだと思います。昨年6月、参院選前に野党が提出した首相問責決議案への三原氏の反対討論を振り返ります。

《民主党政権の負の遺産の尻拭いをしてきた総理に感謝こそすれ、問責決議案を提出するなど、まったくの常識外れ、愚か者の所業とのそしりは免(まぬが)れません。(※中略)恥を知りなさい》

 ときの政権を批判するのは野党の仕事であり、責務です。「感謝こそすれ」「恥を知りなさい」という三原氏の言葉からは、残念ながら《政治家として#批判は甘んじて受け止めます》という姿勢を見て取ることはできません。

 繰り返しになりますが、【誹謗中傷】がいけないということは明らかです。その上で、改善への期待を込めた【批判】は、積極的に行われるべきです。そして【批判】をする際は、客観性を失った【文句】にとどまっていないか、もしくは相手を責め咎める【非難】に陥っていないか。自分の言葉を吟味することが重要でしょう。

 いまの社会には【批判】が圧倒的に足りないという印象があります。亡くなった木村さんが受けたような【誹謗中傷】に対して、同じような【誹謗中傷】や【非難】を返すのではなく、きちんとした【批判】を巻き起こして、被害者を守る。心無い【誹謗中傷】が目立たなくなるくらい、正当な【批判】で埋め尽くす。そういうことが求められているはずです。

 そのためにも、【誹謗中傷】と【批判】とをきちんと区別していきたいところです。この2つが一緒くたに扱われると、社会をよくするための言論そのものが封殺されてしまいます。政府や国会で検討されている誹謗中傷対策が「批判封じ」に帰結していかないように、注視する必要があります。

(取材・文/ウネリウネラ)


【PROFILE】
ウネリウネラ ◎朝日新聞記者の牧内昇平(=ウネリ)と、その妻で元新聞記者(=ウネラ)による物書きユニット。牧内昇平は2006年、朝日新聞社に入社。経済部、特別報道部を経て、現在は福島で取材活動を行う。主な取材分野は過労・パワハラ・貧困問題。著書に『過労死 その仕事、命より大切ですか』『「れいわ現象」の正体』(いずれもポプラ社)。