石井竜也、2作目のジンクス映画で大失敗&大借金

『君がいるだけで』などの大ヒット曲をつくった「米米CLUB」。そのボーカリストである石井竜也カールスモーキー石井)も、借金苦で地獄を見たひとり。'94年、初監督映画『河童』で各映画賞に輝くと、その2年後に満を持して『ACRI』を公開するも、これが興行として大失敗に終わってしまう。

本人が番組で告白していますが、負債は15億円個人的に抱えた負債をバンド活動で返済したくなかったといい、すべてひとりで抱えたと聞きます」(芸能記者)

 一時は自殺も頭をよぎったそうだが、父親からの電話をきっかけに再起を誓ったという。バンドは解散するも、'05年に再結成。地獄を離陸した浪漫飛行は、今なお続く。

こまどり姉妹、最も地獄を体験したであろう最強姉妹

 そのアンラッキーは、2人を産む1か月前に母が井戸に転落し、胎内にいながら仮死状態に陥るという幕開けだった。幼い姉妹は、終戦直後の北海道の炭鉱を渡り歩く極貧生活の中で“流し”に出会い、歌うことを覚えたそう。

 上京後、ヒロポン依存者に囲まれた木賃宿で下積み時代を過ごし、美空ひばりにあやかった鳥の名前である「こまどり姉妹」でデビュー、1961年には紅白出場を果たす。しかし、人気絶頂の'66年、公演中にファンが刃物で妹・葉子を刺すという事件が発生なんと犯人は、姉・栄子と間違えて葉子を襲った……いろいろとオカシイって! 

 その後も、がんや大ケガ、交通事故、大負債など、「そんなに起こる?というくらい不幸が降り注ぐも毎回、不死鳥のごとく生還そして気がつくと大食い姉妹として再ブレイク。人生の教訓を聞くと、「健康に気をつけてほしい」と答えるチャーミングすぎる姉妹は、日本芸能史の宝です!

保阪尚希、通販王になるまでの壮絶人生

 萩原聖人福山雅治らとともに“新・平成御三家”と呼ばれ、数々のドラマや映画に出演してきた保阪尚希。現在は、通販ブランド『保阪流』を展開する実業家としての側面も持つが、その人生は想像を絶する。

 7歳の誕生日を迎えた直後に両親が心中すると、小学生ながらアルバイトを開始。近所で亀を釣り上げてはペットショップに転売し、日銭を稼いでいたというからすさまじい。

 独力で学校を卒業し、俳優としてデビューするが、33歳のときに内臓破裂で生死をさまよう。「その経験から予防医学に目覚め、健康商品を自己プロデュースするようになり、通販王の今がある」(芸能記者)

 '04年、妻・高岡早紀が布袋寅泰と不倫をしていたことで離婚、'07年には仏門に入るなど、ドラマ以上に激動の人生を送る──ビジネスで成功するのも納得です