家事の費用は元夫が元妻に支払う

 第1に家事の方法ですが、息子さんだけでなく元夫の料理を作り、衣服を洗い、部屋を掃除するのは今までと変わりません。自宅へ滞在することができるのは平日9時~16時、家事の所要時間は2~3時間なので、どの時間帯に行うのかは奈美さんの自由。ただし、自宅内で休憩するつもりはないので家事が終わり次第、すぐに帰ります。

 第2に家事の費用ですが、元夫が奈美さんに家事代として月8万円を支払います。ただし、食事の材料費、交通費、息子さんの小遣いや外食費、雑費はその限りではなく、元夫が別途負担します。つまり、いったん奈美さんが立て替えて支払い、元夫が妻に立て替え分を返すのですが、費用は発生するたびに清算するのは面倒なので月末締め、翌月末払いとします。

 第3に家事代の支払いは、奈美さんの口座(離婚し旧姓に戻った後の名義)に「振り込む」という形を採用しました。なぜなら、元夫の顔を見たくないから離婚するのに直接、現金で渡されるようでは困ります。元夫が所定の場所(リビングの引き出しなど)に現金を入れておき、奈美さんが受け取る方法もありますが、いかんせん相手はモラハラ“元”亭主です。奈美さんを困らせたくて仕方がないので、例えば、無断で場所を変えて「ちゃんと探したのか」と責めたり、現金を入れていないのに「入れた」と嘘をついたり、今月はまだ受け取っていないのに「月に2回も払うのか」と騙したりするかもしれません。

 元夫の顔を立てるため、戸籍上の親権者は元夫ですが、実際に親権者としての役割を行うのは奈美さんです。そのため、息子さんと電話、メール、LINE等でやり取りをするのは自由。家事の時間帯に息子さんと直接会うことは難しいでしょうが、それ以外の時間帯に自宅以外の場所で会うことに夫の承諾は必要ありません。

 上記の内容をまとめ、奈美さんは夫と以下の「雇用契約書」を交わしたのです。

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  雇用契約書

龍造寺春樹(以下、甲という)と鎌倉奈美(以下、乙という)は以下の通り、合意した。

第1条 甲乙間の未成年の子・龍造寺玲央(以下、丙という)の親権者は甲である。

第2条 乙は丙および甲の家事の一切を行うこと。乙が甲の自宅内に滞在するのは平日9時~16時に限り、2~3時間で家事を終わらせること。ただし、上記の時間内でも乙は甲の自宅内で休憩してはならない。

第3条 甲は乙に対して家事代として毎月末日までに毎月8万円を乙が指定する金融機関の口座に振込入金にて支払うこと。振込手数料は甲が負担する。なお、食事の材料費、交通費、丙の小遣いや外食費、雑費等については乙が立て替えて支払い、甲が乙に立て替え分を支払うこと。これらの費用の清算は月末締め、翌月末払いの方法で行う。

第4条 甲は丙と乙が自由に連絡(電話、メール、LINE等)を取り合うことを承諾する。

第5条 乙は丙が甲と同居している間、途中で家事をやめてはならない。

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「妻」から「家政婦」になり、夫の支配から逃れた

 こうして息子さんが就職するまでの間、家事を続けることを約束したのです。結果的に奈美さんは離婚をきっかけに「妻」から「家政婦」に変わった格好です。妻にせよ家政婦にせよ、家事の内容は同じです。

 しかし、今まで夫のための家事は「妻だから無償」でしたが、今後の家事は「家政婦だから有償」。そのことで奈美さんはずいぶん気がラクになったと言います。息子さんのことを考えれば、離婚するにしても別居より同居のほうがいいことは奈美さんだってわかっています。「我が子との別離」という犠牲を払ってでも夫の支配から逃れたかったのでしょう。

 離婚の二文字が奈美さんの頭をよぎったのは最近ではなく、元夫の1回目の転職のとき。それから8年間。奈美さんは離婚に向けた準備を進めてきました。例えば、彼の知らぬ間に秘書検定を受けて合格したり、元夫の年収が1800万円の時代に300万円のへそくりを作ったり、別居のことを考え、めぼしいワンルームの部屋を物色したり。奈美さんは今後、マナー講師養成講座に通い、企業向けのマナー講師として働くことを夢見ていますが、離婚時の収入はゼロです。

 ところで元夫は親権者。奈美さんは非親権者です。本来なら非親権者は親権者に対して毎月、養育費を支払わなければなりません。しかし収入がないのに毎月、養育費を振り込むのは無理です。親権者には子どもにかかる費用を負担する権利を有し、義務を負っています。奈美さんにまとまった収入があれば、息子さんにかかる費用はお互いの収入に応じて按分すべきでしょうが、今回の場合、元夫がすべてを負担するしかありません。