集まれば一体感のあるV6

「初めてお会いした際にすごく緊張していたのですが、気さくに話しかけてくれて、緊張をほぐしてくれました。本番前に楽屋に挨拶をしにいくと、楽屋に入れてくれたこともあります。

 井ノ原さんが東京の大田区出身で、僕も大田区の蒲田で生まれたので、“副島くん、蒲田なんだって? 俺も大田区だから地元一緒だよ“と言って、地元トークをしたことを思い出しますね

 8年間、苦楽をともにしてきた有働とは、阿吽の呼吸ができあがっていたという。

2人が番組を卒業するときに、スタジオでお別れ会をやったのですが、有働さんが感極まって涙を流すと、井ノ原さんがスッとハンカチを渡していました。有働さんは“私、結婚するならイノッチみたいな人がいい“と言っていましたよ(笑)」(副島)

 長野は調理師と野菜ソムリエの免許を取得し本格的なグルメレポーターになった。

 '14年には長野が作った料理を紹介する書籍『長野博のなっとくめし』(マガジンハウス)を刊行した。

連載では積極的にアイデアを出していたV6・長野博
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 担当編集者の阿部優子さんによると、

新米を使った料理を作る企画で、ご自分で私物の土鍋を持ってこられました。彼の家のキッチンには精米機など、いろいろな道具があるそうで、すごくこだわっていました。

 芸能人でグルメ好きな方の中には、お肉のことに詳しいなど、ひとつのことに精通している人はいますが、長野さんは野菜やお米などいろいろな食材に詳しかったですね

 個々で光るものを持っていたことに加えて、グループではこんな“武器“が。

ダンスの技術が非常に高いんです。メンバーのほとんどが40歳を越えていますが、難易度の高い振り付けを導入した曲が多く、全員しっかりそろっている。普段は別々に仕事をしていても、ひとたび集まれば、強い一体感があるんですよ」(テレビ局関係者)

 芸能ジャーナリストの佐々木博之氏は、大きな不祥事がなかったことも安定した人気につながっていると指摘する。

「若いころに交際報道はありましたが、不祥事が報じられたことはなく、クリーンなイメージです。それぞれやりたい仕事ができて、ときどき全国ツアーも行うなど、グループ活動もおろそかにしない。

 だから、長く活動を続けていけるのでしょう。たとえるのであれば、仲のいい同級生が1年に1回集まる“同窓会“のような雰囲気でしょうか」

 ただ、彼らもデビュー15年目となる'10年ごろには、“マンネリムード“が漂っていた。