“許すチカラ”を与えてくれた息子

 不倫の事実が報道された1週間後、宮崎さんは議員を辞職。当時は精神的に不安定で自殺も危惧される状態だった。

金子恵美 撮影/森田晃博
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「宮崎は本当に弱っていたので1人ではどうにもならない。私が支えるしかない、と思いました。私はそのとき37歳。結婚した年齢もあったかもしれません。今でこそ30代後半での結婚・出産は多いですが、20代で結婚する方に比べて決して早くはない結婚でしたから。

 私は自己実現やキャリアの部分を重視して生きてきたので、ライフプランに家庭を持つことが想像になかった。それが突如現れた宮崎と結婚することになり、結婚の喜びも知ることができた。自分が親になれると思っていなかったのに、お腹が大きい時期の幸せも与えてもらえた。

 子どもは私たち夫婦に力を与えてくれたし、子どもから父親を奪ってはいけないと私に示唆してくれた。本当の意味で許すチカラを私に与えてくれた息子に感謝しています」

 金子さんに過ちを犯した夫を許す力を与え、家族再生へと導いた息子の存在は自らの過ちで多くの人を傷つけた宮崎さんをも生まれ変わらせた。

「実は宮崎は、子どもが生まれる直前にも週刊文春から直撃されていたんです。私の出産に立ち会っていたときにも心ここにあらずで。妻が産気づいて、やっと“大変なことをしてしまった”と。そこで気づいても遅いんですけど(笑)。

“生まれた瞬間からわが子に大変な十字架を背負わせることをしてしまった”……とものすごく反省したと言っています。父親になった今では、いずれ不倫の事実が子供にばれたとしても、『あんな父親といたくない』とは決して言われないだろうな、と安心できるくらい父親と息子の関係を日々築いています」