夫の住宅ローンを引き受ける代わりに自宅を所有

 そして美由紀さんは引き続き、自宅に住み続けることを望んでいました。実際のところ、夫のように一度、家から出て行くと、どの面を下げて戻ってきていいのかわからないので、そのまま別居が続くことが多いのです。そのまま離婚に至った場合、美由紀さんが家の権利を得やすくなるという有利な状況が整っていました。

 夫は自分の住まない家の住宅ローン(夫の単独債務で月10万円の返済。A銀行)を相変わらず返済していたそう。まるで「こうやって家族を支えているのに離婚される筋合いはない」と言わんばかりでしたが、「完済した暁には売って金にしよう」と浪費家の夫が企んでいるのは明らかでした。

 そこで筆者は「査定をとって売却を防ぎましょう」と助言しました。現在、住宅ローンの残高は1000万円。2019年12月の査定額はオリンピックの影響か1200万円の高値でした。しかし、2020年12月に再度、査定を依頼したところ、800万円まで下落していました。これでは200万円の損失が発生します。日々の返済に汲々とする夫が200万円の現金を用意したり、借入をしたりして穴埋めをするのは不可能です。そのことを踏まえた上で、夫の住宅ローンを美由紀さんが引き受ける代わりに自宅の所有権を夫から美由紀さんに譲渡する。この条件で離婚してほしいと投げかけたのです。

 ここで大事なのは住宅ローンの債務者変更は別の銀行で行うことです。美由紀さんは前もってB銀行で「もし離婚したら」という前提で仮審査を申し込み、承諾を得ていました。債務者を変更する場合、同じ銀行より別の銀行のほうが審査は通りやすいです。遅かれ早かれ、夫の返済は止まりそうだから、それなら今、手を打ちたいと美由紀さんは考えていたようです。夫としては毎月10万円が浮くという好条件です。ようやく「ローンを払っていれば離婚しなくていい」というプライドを捨て、目の前のニンジン(月10万円の負担減少)に目がくらみ、そのニンジンをくわえた……つまり、美由紀さんの希望する条件に承諾したのです。

熟年離婚を実現するには事前の準備が必須

 こうして美由紀さんは自宅、退職金、そして厚生年金と企業年金を手に入れることができました。自宅の評価額は住宅ローンの残債より低いので資産価値がないとしても、娘さんにとっては「実家」なのでプライスレスです。美由紀さんが80歳まで生きた場合、厚生年金は1260万円(月7万円×15年)、企業年金は1200万円(月5万円×20年 ※ただし、美由紀さんが80歳になるまで夫が生きている場合に限る)、そして退職金の取り分は400万円なので2860万円を入手した計算です。

「娘も私もずいぶん楽になりました。今は娘と自分のことだけを考えればいいので、とても楽になりました。今まではほのぼのとテレビを見る暇もなく、時間に追われて日々が過ぎていったので。女同士、前向きですよ!」と美由紀さんは力強く語ってくれました。

 熟年離婚(同居35年以上)は42年で約20倍に膨れ上がっており(昭和50年は300組、平成29年は5944組。厚生労働省調べ)、決して他人事ではありません。熟年離婚を実現するには事前の準備が必須です。美由紀さんはじっくりと時間をかけ、きちんと準備をし、十分な老後資金を確保した上で離婚することができました。

 しかし、今すぐ離婚しなければならない切迫した事情を抱えている場合もあります。昨年、老後2000万円問題が世間を騒がせましたが、年金とは別に2000万円の蓄えが「ない」から離婚できないと決めつけるわけにはいきません。資金の確保より離婚の成立を優先しなければならないケースもあるのです。どのくらいの資金を準備することができるのかは各人の事情によります。限られた時間のなかで可能な限り、多くの資金を手にし、再出発してください。


露木幸彦(つゆき・ゆきひこ)
1980年12月24日生まれ。國學院大學法学部卒。行政書士、ファイナンシャルプランナー。金融機関の融資担当時代は住宅ローンのトップセールス。男の離婚に特化して、行政書士事務所を開業。開業から6年間で有料相談件数7000件、公式サイト「離婚サポートnet」の会員数は6300人を突破し、業界で最大規模に成長させる。新聞やウェブメディアで執筆多数。著書に『男の離婚ケイカク クソ嫁からは逃げたもん勝ち なる早で! ! ! ! ! 慰謝料・親権・養育費・財産分与・不倫・調停』(主婦と生活社)など。
公式サイト http://www.tuyuki-office.jp/