印税2億円! 220万部超えの大ヒット

 テレビでも披露したところ、それを見た出版社からオファーが届く。当初は相方の川島明が執筆する予定だったとか。

誰も僕が文章を書けるとは思っていなくて(笑)。それで事務所の人は、ネタも書いている川島に代理で執筆してもらおうと思っていたみたいですが、川島が“僕が書くのは違う”と断ってくれて。僕も本にするなら人に書いてもらうのは違うなと思っていたので、そこから仕事の合間に執筆を始めました。結果的に自分で書いたから熱量が伝わってヒットしたのかなって

 初版8000部スタートの予定だったものの、発売直前に2万部に増刷することに。

「当時、単独ライブをしたら満席になっていたので8000部なら手売りとかで売り切れるかな……と考えていたのですが、2万部に増えたと言われ、この出版社は正気かと思っていました(笑)

 そんな彼の心配をよそに、著書はまたたく間にベストセラーとなった。

何で売れたのか、今でもまったくわからないんですよね(笑)。書店に行っても全然売っていないし、何かのドッキリかと思って、店員さんに聞いたら“売り切れて入荷待ちの状態です”と言われ、ほんまに売れているんやと」

 これまでコンビの“じゃないほう”だった田村だが、大ベストセラーになったことでコンビの立場が逆転する。

YouTubeチャンネル『麒麟田村のバスケでバババーン!』も開設
【写真】田村を演じた小池徹平と田村の兄を演じたキンコン・西野亮廣

急にスポットライトを浴びて、場所によっては“先生”と呼ばれるようになったら、そりゃ調子に乗りますよね(笑)。僕メインの仕事も増え、相方も腹の中ではいろいろな思いがあったでしょうが、不満は言わなかったですね」

 印税として2億円を手にした田村だったが、それがストレスだったと振り返る。

「もともと貧乏だった僕が、急に会う人会う人にお金の話をされるようになって。どこから聞いたのか知らないけど、分譲マンションの営業もくるようになりました。

 いちばんムカついたのが、『笑学校』というカルチャースクールから“1からお笑いを学びませんか?”とパンフレットが届いたこと。芸歴10年を超えていたので、ナメてんのかって(笑)

 お金があるからいけないんだと、父親に家を買ってあげたり、これまでお世話になった人に恩返ししたりして使い切りました」

 印税の一部で寄付も。

高校の同級生に施設で育った女の子がいたんです。それまで自分がいちばん不幸だと思っていたけど、両親の顔も知らない子に比べたら自分は幸せだなと恥ずかしくなって。それでいつかそういう施設に何かできないかと思っていたので、印税で吹田市の児童養護施設の子どもたちにオモチャをプレゼントしたり、母校の後輩で心臓病になってしまった子に寄付しました」