NSC価値高めたダウンタウン

 漫才ブームで人気芸人のテレビ出演が相次ぎ、劇場の出番に穴があいてしまう事態が多発。吉本は芸人を育てる必要性を痛感し、1982年に吉本総合芸能学院(NSC)を設立する。

「NSCは画期的でした。以前も松竹芸能の養成所や『明蝶喜劇スクール』がありましたが、漫才コンビや芸人を専門に育てるというのは吉本が初めて。それまでは師匠に弟子入りしないとプロになれず漫才ブームに乗った人たちも師匠のカバン持ちをして、修業をしていました。会社が芸人を養成するという考え方は以前にはなかったのです」

 ダウンタウン、トミーズ、ハイヒールなどが1期生。反発するベテラン芸人もいたが、彼らが活躍することでNSCには多くの芸人志望者が集まるように。

芸人になるための学校として吉本が設立し、今や全国7か所に校舎があるNSC。その1期生がダウンタウン
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ダウンタウンの成功がNSCの価値を高めました。東京でザ・ぼんちのマネージャーをしていた大崎洋さん(現会長)がNSCに顔を出すようになり、ダウンタウンにひと目惚れしたのです。

 今の吉本の流れは、大崎さんとダウンタウンの出会いからできたといっても過言ではありません。当時のマネージャーは売れている芸人につくことが出世コースだったのに、大崎さんは誰も知らない、まだ立ち上げたばかりのお笑い学校の1期生、在学中のダウンタウンにのめり込みました。自らマネージャーに名乗りをあげたのだそうです」

 ダウンタウンをはじめNSC出身者が心斎橋筋2丁目劇場で若い観客を集めるようになり1987年にバラエティー番組『4時ですよ~だ』(毎日放送)が始まった。彼らはアイドル的な人気を獲得する。

「少し前の漫才ブームのときは若手だった今田耕司や東野幸治、130Rなどが出演して新しい風を吹き込みました。今も吉本の基盤を支えているのが新喜劇の舞台なんです」(前出・スポーツ紙記者)

 新たな試みを打ち出しながら、伝統もしっかり守る。だから吉本興業はトップに君臨し続けているのだ。