ひとりで1日80人を診察

 クリニックの1日は、朝8時半に鳴りだす電話の音から始まる。

「この時間から当日の予約受け付けが始まります。大抵、9時には午前中の予約が埋まってしまいますね」

 そう話すのは、ベテラン看護師の今井よし子さん(61)。

「以前は、朝になるとクリニックの前に50メートルも行列ができていました。ご近所の迷惑になるので予約制にしましたが、それでも待ち時間はあります。患者さんが文句も言わずに待ってくれるのは、真理子先生の診察が丁寧だと知っているからですね」

 クリニックを訪れる女性は、薬の処方だけの患者も含め、1日80人にも及ぶ。ヘルプの医師が入る木曜日以外、すべてひとりで診察する。

「私の専門がホルモンなので、生理トラブルや更年期外来が中心です」と、八田先生。

 とはいえ、診察は不妊相談、妊婦健診など多岐にわたる。

 生理痛ひとつとっても、不妊症など、ほかの病気と関係している場合が多いからだ。

「生理痛が重い、お薬を正しく飲んでも効かない、生理以外のときでもお腹が痛い。こんな症状が続く状態を、『月経困難症』といい、『子宮内膜症』という病気が疑われます。進行すると不妊の原因にもなります」

 月経困難症が増えているのは、生涯に経験する生理の回数が激増してからだという。

「戦前の女性は、早婚で子どもをたくさん産んでいたので、一生のうちで生理の回数は50回程度でした。ところが、晩婚、少子化の現代の女性は、450から500回も経験しなくてはならない。これ、子宮にとってすごい負担なんです。

 ですから、赤ちゃんをすぐに考えていなければいったん生理を止めて、子宮を休める治療を始めます。服用するのは、低用量ピルが一般的で、血栓症というまれな副作用以外はほとんど心配ありません」

 不妊相談に訪れる患者の中には、長年、生理痛を我慢して、子宮内膜症が進行したケースも少なくない。

「この場合も、年齢的に時間があれば同じ治療をします。低用量ピルや黄体ホルモンで数か月排卵を止めたあとは排卵率が高くなり、妊娠しやすくなることもあるからです」

 治療の末、妊娠に至る女性もいれば、残念ながら、赤ちゃんを授からない女性もいる。

「診察室で、“なんで私だけ”と泣いてしまう患者さんもいます。私は、子どもを産む、産まないは本人の自由だと思っています。でも欲しいのにできないのは本当につらい。だから、これからどうしたいか、患者さんの希望を聞いて、一緒に治療方針を考えます」

 じっくり患者と向き合えば、診察時間は長引く。午前の診察を終えるのが、午後3時になることもザラで、待合室はすでに午後の患者で埋まっているという。

「そんなときは、“ごめんね! お昼ご飯だけ食べてきます!”と患者さんに謝って、裏の自宅でさっとすませてとんぼ返り。これが日常です」

 1日中、休憩もとらずに働く。それでも、仕事を終えて感じるのは、疲れより、充実感だと話す。

 なぜ、そこまで頑張れるのか。そう水を向けると、「父の影響ですね」、ポツリと言って、穏やかな口調で続ける。

「若い患者さんが来たら妹だと思え。年配の方が来たら母親だと思え。同世代の患者さんが来たら、自分ならどうされたいかを考えろ──。それが、産婦人科医だった、亡き父の教えでした」