苦労した私生活と転機となった役

 最大の違いは、私生活の変化だろう。'07年にミュージシャンの佐橋佳幸と結婚。8年後に長女が生まれた。ただ「妊活」には苦労したようだ。

 たしかに、どんなに自由で恵まれた人でも、子供を授かるということはなかなか思い通りにならないものだ。彼女はそれを自分でも精一杯の努力をすることで達成した。こういう姿は同性からも共感されるし、自身の人間としての幅を広げることにもなったのではないか。

 幅という点では、役柄もまたしかり。キムタクドラマのヒロインや時代劇のお姫様といったものとは異なるタイプの役をこなす機会も増えてきた。たとえば、昨年の主演映画『ラストレター』は、夫も子もいる身なのに、亡くなった姉になりすまし、初恋の男性と文通をしてしまう役。彼女はパンフレットのなかでこんな話をしていた。

「ほんとだったらヒロインにふさわしくない感じですよね。いろいろ間違ってうっかりヒロインになってしまった、というか(笑)」

 このヒロインらしくないという形容は、今回の『大豆田とわ子』にも当てはまる。典型的なヒロイン女優として出発した人が、らしくないヒロインも似合うようになってきたことで、一目置かれるようになったのだろう。

 そんな松は'11年に、個人事務所を設立。妻として母としての生活との両立を見事にこなしてきた。そういう現代女性の理想とするような生き方ができているところも、一目置かれることにつながっているはずだ。

 妻ぶり、母ぶりについて本人が語ることは少ないが、'18年には『あさイチ』(NHK総合)で、自身が歌った朝ドラ主題歌の話になり「娘と一緒に見たかったけど、Eテレのほうが好きみたいで(笑)」というエピソードを披露していた。

 ところで、現在の黄金期が実現するにあたっては、転機と呼べる作品がある。10年の主演映画『告白』だ。『大豆田とわ子』でも共演している岡田将生が空回りする役で新境地を拓き、橋本愛が生徒役でブレイク、公開時5歳だった芦田愛菜が主人公の娘を演じて、R指定ながら大ヒットした伝説的作品である。松は娘を教え子に殺され、その復讐をする中学教師という難役だった。

 パンフレットのなかで「必死でしたね」と振り返っているが、それはむしろ望むところらしい。彼女は「よし、いける、できる」というものより「そこで自分が苦しむであろうこともよし、と思えるものに向かいたい」というポリシーを明かしている。それが彼女のやりたい仕事なのだ。

 自分が積極的に苦しむことにより、松は典型的ヒロインでも「うっかりヒロイン」でもない、ダークなヒロインを演じきることができた。そんな女優としてのマルチぶりに加え、私生活では普通に妻や母をやっているという安定感。この人間力の総合的な成熟こそが、バッシングなき第二の黄金期をもたらしたのである。

PROFILE●宝泉 薫(ほうせん・かおる)●作家・芸能評論家。テレビ、映画、ダイエットなどをテーマに執筆。近著に『平成の死』(ベストセラーズ)、『平成「一発屋」見聞録』(言視舎)、『あのアイドルがなぜヌードに』(文藝春秋)などがある。