ぶつかり続けた母との和解

 2016年には単独ライブを開催、その後はR-1グランプリ、女芸人No.1決定戦 THE Wなどで、決勝に進出している。ライブや賞レースでは、口の悪い占い師や5回も離婚した女など、いかにもどこかにいそうな女性に扮してコントを披露している。

 とはいえ、決勝に進出しても、翌日からオファーがどんどん入ってくるわけではない。

 アルバイトで歯科助手の仕事をしていた時期もある。

 そんな何もうまくいかなくて「腐っていた」とき、女友達と居酒屋で飲んでいるとナンパされた。

「スーツを着たまじめそうな男性に『一緒に飲みませんか?』と声をかけられたんです。こっちは腐っているから、『けっこうです』とにべもなく断った。でも、『少しだけ』と言ってくるので、『しつこい』と追い払おうとすると、じゃあ、せめて連絡先を教えてほしい、と。それでようやくまじまじと顔を見たんですが、なんだかあどけない顔をした青年で。また会いたいと言うから、じゃあ、保険証見せてくださいって言ったんです。まるで歯科の受付みたいな言い方で(笑)

 彼が差し出した保険証は、誰もが知っている会社の社会保険で、彼女と同い年だった。ひるむことなく真正面からぶつかってきた彼に好感を抱き、付き合うことにはなったが、彼女は素性を明かさなかった。ところがすぐに、彼女が紺野ぶるまだとバレてしまう。彼自身は知らなかったようだが、彼女のLINEのアイコン写真を見た先輩が教えてくれたそうだ。

「まだ付き合い始めたばかりだから『クーリングオフしますか』と尋ねたら、『しません』と。彼と付き合うようになってから、毎日が穏やかになったんです。彼は本当に常識的でブレない人」

 2019年、2年の交際を経て結婚。夫のことを語る紺野は少し照れくさそうだ。

「結婚すると母に言ったら、ようやくホッとしたようです。彼が社会保険に入っているような会社員だったし(笑)」

 紺野と母親とはずっと「微妙な関係」だった。言葉を交わせばケンカになってしまう。紺野が病気がちだったことに母は負い目を感じており、だからこそ「早く結婚して子どもを産め」と心配する。だが、紺野にはその母の負い目が負担になった。

 それでも芸人になって下ネタで謎かけをしたとき、彼女は母を傷つけて生きていく覚悟をした。

「母は外では社交的で穏やかな人なんです。だから本来なら穏やかな人生を送れるはずだった。でも、私の病気や中退が彼女の人生を狂わせてしまったんだと思うと、ショックが大きかった。母は私のことが心配でたまらないから、私の意思をくまずに“安定”を押しつける。それはわかっているんだけど、私も自分を守るために言いたいことをぶつけるしかない」

 紺野は「母親」としてではなく、「友人」のフィルターをかけて、母親と向き合うようになったという。

「母をひとりの人間として見れば、大好きなんですよ。そう気づけたとき、生き方は違うけど、それは悪いことじゃないんだと素直に思えた。だからなるべく友達として見るようにしています。そうすれば、うまくいく」

 結婚を報告しに行った日、母親は「わがままな娘ですがよろしくお願いします」とぽつりと言った。

「あの日、お互いに“許された”という感じがありました。私が結婚したことで、心配性の母は、少しだけホッとしてくれたのではないかと思っています。もちろん子どももほしいですよ。卵巣の病気があるのでどうなるかわかりませんが……」

 紺野は少し躊躇いながら、

「ちょっとだけ、この結婚には“母のため”という気持ちがあったと思う。ちょっとだけですよ?」と言葉を足した。

 兄は「ヤフーニュースで妹の結婚を知った」と言う。

「結婚式はコロナ禍で延期になったんですが、去年の正月だったか妹のダンナさんに初めて会いました。すごくいい人で、優しい人。妹のどこがよかったのかわかりませんが、妹は彼のまともさに惹かれたみたいですね。そのあたりが妹のバランス感覚のよさじゃないかと思う

 これは彼女の芸にも通じる。たとえ下ネタで謎かけをしようと、妙にぶっちゃけた女を演じようと下品にならないのは、芸への矜持と、彼女の精神的なバランスのよさなのだろう。