娘への殺意の否定は貫き通した

 また、鈴香は事件を起こす1年前に睡眠薬を大量に服用し自殺未遂を起こしているのだが、このとき彩香ちゃんと両親、弟に向けて遺書を託している。両親らには《彩香のことをよろしくお願いします》と丁寧に書かれ、彩香ちゃんには《10年後の彩香へ》と娘の将来を慮る母親の愛情があふれていた。一方で交通事故で児童が死んだニュースを見ながら「彩香があの中にいたら」と言ったという証言も出ている。

 考えるのが苦手で相手の言うことに迎合しやすい鈴香がひとつだけ変えなかった主張は彩香ちゃんへの殺意の否定だった。

「実は彼女は何度も拘置所で自殺未遂をしているんです。逮捕されたあと取調官が与えていたタバコ4本をくすねて飲み込んだことから始まり、そのあとも浴場でボディソープひと瓶の3分の1を飲み、取り調べ中にボールペンを腕に突き刺すなどの自傷行為を繰り返しました。裁判が始まる前の'06年8月には独房でタオルで自分の首を絞めています。'07年に手鏡を壊し破片を左腕に刺しています。“死刑にしてください”と言ったのは本心だと思います。控訴したのはただ1点、彩香ちゃんへの殺意が認定されたことへの不服だといいます」

 彩香ちゃんを疎ましく思いながらもかわいそうとも思っている。愛したいけど愛せない、娘に対して相反する母性が鈴香本人の首を絞めていた気がしてならない。彩香ちゃんの死は事故なのか、殺害なのか、自殺なのか──。鈴香本人にもわからないのだろう。

 現場となった団地は'08年に取り壊され、鈴香の実家は'18年末にひっそりと解体された。事件から15年、母子が過ごした痕跡はもう跡形もない。

(取材・文/江藤洋次)