無防備な実像

 昨年10月から裁判が始まり、筆者は親族の代わりに刑事裁判すべてを傍聴したが、家族は裁判に関与していないことから、刑事事件の弁護人、民事事件の代理人双方とも面識はない。

 初公判、飯塚氏は罪状認否で過失を否定した。無罪を主張し、争う姿勢を示しているにもかかわらず、弁護人は刑事事件を手掛けてきた様子はなく、あまりに頼りない印象だった。これだけ世間の耳目を集めている重大事件ならば、弁護団が組織され、報道対応も含めて裁判に臨む姿勢を見せてもおかしくはないはずだが、「上級国民」と呼ばれる飯塚氏の実態は実に無防備だと感じた。

 これまでも、不祥事を起こした現役官僚や医師、弁護士の家族からも多々、相談を受けてきたが、皆、エリートではあるものの、突然の事件・事故にどう対応すればよいかわからず藁をもすがる思いで相談に訪れる「普通の市民」である。

 黒いものを白くできるような力があるならば、我々のような弱小NPOに相談などしない。車を持つ余裕がない人も増えている格差社会において、一定の社会的地位を有し安定した給料を得ているだけで、もはや「上級国民」なのかもしれないが、飯塚氏の実像もまた「普通の市民」であり、名誉や権力にしがみつくような人物ではない。

行き過ぎた制裁の悪循環

 飯塚氏の自宅には、家を爆破すると書かれた紙が投げ込まれたり、脅迫状も届いていた。街宣車やYouTuberによる過激な抗議活動に加え、頼んでもいない資料が何十冊も届くといった「送り付け」等の無意味な迷惑行為に悩まされていた。

 本判決は、「被告人に有利に考慮すべき事情」として、「適正額の損害賠償がなされると見込まれること」「運転免許の取り消し処分を受けていること」「高齢で体調が万全でないこと」が認められるとしたうえで、弁護人が主張した脅迫状や自宅付近での街宣活動などの苛烈な社会的制裁について、事故の重大さや社会的影響に鑑みれば社会的非難はやむを得ない面があるとしつつも、考慮すべき事情として認定した。

 公判中、傍聴人の女性が飯塚氏に向かって「人殺し!人殺し!」と暴言を吐く場面もあった。法廷の中でさえこのような行為が行われたのだ。

 弁護人の主張を待たずとも、裁判所は社会的制裁について無視できなかったであろう。こうした一連の行き過ぎた制裁は、結果的に飯塚氏本人に情状酌量の余地を与えたのである。厳正な処罰を望むならば、余計なことはしないほうがよい。

 世間の関心は上級国民の収監であり、事件の幕引きを図るかもしれないが、多くの重大事件で真相が明らかになるのはむしろ判決確定後である。裁判では公にされなかった事実も多々あるはずだ。再発防止の教訓を導くため、関わり続けていくつもりである。

阿部恭子(あべ・きょうこ)
 NPO法人World Open Heart理事長。日本で初めて犯罪加害者家族を対象とした支援組織を設立。全国の加害者家族からの相談に対応しながら講演や執筆活動を展開。著書『家族という呪い―加害者と暮らし続けるということ』(幻冬舎新書、2019)、『息子が人を殺しました―加害者家族の真実』(幻冬舎新書、2017)など。