小学5年から中学2年までの3年半、不登校に苦しんだ。「居場所」をなくした少年は母親の言葉に救われ、ロボットに目覚める。科学の世界大会で栄冠に輝いた高校生のとき、高齢者からのSOSの電話で「孤独の解消」に生涯をかけようと決めた。取材中、「出会い」という言葉を何度も口にした研究者が叶えたかった“誰も除外されない世界”とは──。

ロボットが働くカフェ

 東京、日本橋の交差点。角に立つビルの1階におしゃれなカフェがある。

 店の名は「分身ロボットカフェDAWN ver.β(ドーン バージョンベータ)」。木目調の内装、グリーンを多く配置した落ち着いた雰囲気の店内に入ると、大小さまざまなサイズのロボットと数人の店員が一緒に働く不思議な光景が目に飛び込んでくる。

 8つあるテーブル席の卓上には片手で持てそうな白い小さなロボットが設置され、オーダーをとっていた。

「いらっしゃいませ。ご注文は何にいたしますか?」

 丸みを帯びたフォルムのロボットから聞こえるのは、機械的な音声ではなく、人の声。それぞれのロボットを遠隔で操縦する“パイロット”が客との会話を楽しみながら接客を行っている。

卓上のオリヒメ。眉間にあるカメラでお客さんを見ることができる 撮影/齋藤周造

「このロボットは、『OriHime(オリヒメ)』と名づけました。初号機ができたのは2010年6月です。人工知能はなく、パイロットが遠隔で操作をしています。病気や障害、子育てや介護など、何らかの理由で外出ができない人たちも、自宅に居ながら、カフェで接客業をすることができる。それは、『出会いと発見』の提供にもつながると考えています

 そう教えてくれたのは、このカフェを運営する株式会社オリィ研究所の共同創設者であり代表取締役CEOでもある吉藤オリィさん(33)。

 パイロットたちはボタン操作で、オリヒメの小さな腕や首を動かしながら、客の話にリアクションしている。母親に連れられてきた幼い女の子は、その様子をじっと見つめ、小さな声でこう言った。

「かわいいね」

床にある黒いライン上をオリヒメDが行き来し、飲み物を運ぶ。テーブルの前を通過する際は手を上げるしぐさを見せ、操縦者が声をかけてくれる 撮影/齋藤周造

 店内をすり足で歩くようにドリンクを運んでいたのは、自走型分身ロボットのオリヒメD。近くを通り過ぎるとき、腕を上げ、「こんにちは。楽しんでいらっしゃいますか?」と声をかけてくれた。時に身動きがとれなくなり、スタッフに救出されるオリヒメDもいたが、客たちはみなその様子をにこやかに見つめている。

「ここは、カフェという名の実験場です。私たちが提供しているのは“世界初の失敗”。そして、お客さんもみんな“見習い研究員”なんですよ。アンケートに答えていただくことで、研究に参加することができます」

 吉藤さんの目的は、ロボットの最新技術を競い、開発することではない。

 このカフェは、私たち誰もが抱える人生の大きな課題、「孤独を解消する」ための実験場であり、研究所なのだ。

 2018年からこれまで、オリィ研究所はオリヒメとオリヒメDを使い、期間限定の分身ロボットカフェを4回にわたって実施してきた。今回は満を持しての常設店オープン。当初10名だったパイロット登録は50名以上になった。

 パイロットには、ALS(筋萎縮性側索硬化症)や脊髄性筋萎縮症、筋ジストロフィーなどの難病、事故による頸椎損傷、心の病により外出が難しい人や、東京から遠く離れた名古屋や広島、秋田などの遠隔地、海外から参加している人もいる。

 コーヒーを淹れるバリスタロボットのパイロット・さえちゃんは、身体表現性障害だという。光や音の刺激や精神的なストレスで吐き気やめまいを催し、外出困難に陥る。

「私は期間限定の第1期から参加していますが、その前は10年ぐらい家の中だけで過ごしていました。話す人も家族かお医者さんくらい。でも、オリヒメを通して世界は一気に広がりました。いろんな人たちと接する機会をいただいて、今はとても楽しい」

 パイロットのゆうさん(49)は、小脳が萎縮していく難病、脊髄小脳変性症で歩行障害がある。2年間、障害者雇用で企業に勤務し、つらい経験をした。分身ロボットカフェのパイロット募集を見て、「これだ!」と応募を決めたという。

「人と接する仕事が大好きだけど、障害者雇用ではやりたい仕事をさせていただくことは難しかった。データ入力しか仕事がない会社もありましたし、いじめもありました。

 実は私、タロット占いができるんです。ここでは、注文をいただいてからお料理が届くまで、お客様と会話をしながら、希望があれば占うこともあって、新しい出会いに毎日ワクワクしています」

お客さんと会話しながら注文をとるオリヒメ。横に設置されたiPad画面でパイロットの顔写真やプロフィールが紹介され、メニュー表を見ることもできる 撮影/齋藤周造

 出会いの機会を手にするのは客も同じだ。

 友人のすすめで吉藤さんの書籍を読んでカフェに足を運んだサカイアカネさんは、

「オリィさんの大ファン!」と満面の笑みを浮かべる。

「今日はメルボルンにお住まいのパイロットさんとまったく違和感なくスムーズにお話しできて、とても驚きました」

お客さんと会話しながら注文をとるオリヒメ。横に設置されたiPad画面でパイロットの顔写真やプロフィールが紹介され、メニュー表を見ることもできる 撮影/齋藤周造

 女子美術大学のアートデザイン表現学科の教授と講師、4人で訪れたグループは、オリィ研究所が常設店設営のために実施していたクラウドファンディングに支援したと話す。

「写真だけ見ると顔が少し怖いかと思ったけど、目が合うとドキッとするし、手や首の動きで感情が伝わってきます。ロボットの向こうにいる人と心をつないでくれるデザインで、まるでここにいるかのよう。大学でもオリヒメで講義したいくらいです」