ゴミを「宝」に変える商売

 落ち着いた先は浜松市。

「所持金が少なくなったのが浜松。お金を使い果たしたら生活できないからね」

 ただ、知人など1人もいない場所で、仕事の糸口がつかめない日々が続く。最低限生活できる場所は確保していたが、お金が足りなくなる。

「車に敷いてあるマットを剥いで100円を見つけて、それでキャベツを買って、小麦粉を混ぜてお好み焼きのようなものにして1週間しのいだこともありましたね」

 そのうち料金が払えず電気や水道が止められることが増えた。さらには家賃の支払いも滞り、家を追い出され、車中泊することもあった。

 いくつかの仕事にトライするも、最初はうまくいっても長続きしない─デジャブのようだった。

 ところがある日、運命を変える店に出会う。浜松市内の道を車で走っているときだった。道ばたにゴミをたくさん積んである店があった。何だろうと思い店内に入ると、中古品店だった。電気製品や日用品など中古品が無造作に並べてある。店主に「儲かるの?」と聞いた。すると、

「この商売はいちばん儲かるな。小汚いところだけど、よく売れるんだよ」

大型の目玉商品が店の外にもずらりと並ぶ。店内には家具や家電、食器や雑貨がきれいに整頓され、隙間なく陳列されている
大型の目玉商品が店の外にもずらりと並ぶ。店内には家具や家電、食器や雑貨がきれいに整頓され、隙間なく陳列されている
【写真】テレビ番組で各政党の官房長官と議論する堀之内さん

 直感的に、“この仕事、なんか面白そうだ”と思った。

 以前中古車販売をしていたので、古物営業許可証を持っていた。“すぐ商売を始められる”─そう思ったら次の日には、粗大ゴミ置き場にいた。テレビや冷蔵庫、ガスコンロ、ストーブ……。

「宝の山だ!」と思った。

 まず手をつけたのは、錆びたストーブの修理。懸命に磨き、悪いところは修理し、きれいなピンクに塗り替えた。新品同然になったストーブは、市価で2万3000円のところ、1万8000円で販売し、すぐに売れた。

 商品の幅を広げ、冷蔵庫や洗濯機も同じカラーバリエーションにして3点セットで売ると、これも見事に売れた。

 所持金40万円をはたいて18坪の店を構え、堀之内さんのリサイクルショップ「生活創庫」がスタートした。'88年、堀之内さん40歳のときだ。

 売れると、自分だけでは商品集めが追いつかなくなる。ゴミ拾いをしていたときに知り合ったホームレスの人たちに声をかけ、集めてもらうことにした。あなたは炊飯器を、別の人はガスコンロを……というふうに、担当を決めて、中古品を集めてきてもらったのだ。常時7人ぐらいが稼働していたという。

「例えば扇風機1台を200円で買ったとして、日によっては10台集まることもある。2000円ですからね。そうなると、彼らのやる気も出るわけです。だから中古品はどんどん集まりました」