いざ!世界の食と健康調査へ

 世界調査の旅は、長寿で知られ、黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方のグルジアから始まった。

「海抜が1000メートル以上もある高地で、冬場は気候が厳しく、塩分の多い保存食に頼っていました。なのに脳卒中が少なく、100歳以上の元気なお年寄りがごろごろいる。なぜや?調べてみると、野菜やくだものをどっさりとることで、カリウムや食物繊維が塩の害を消しているんやとわかりました」

 家森さんの調査は、「なぜや?」の問いに、答えを出す旅でもあった。

「中国のウイグル自治区では、なぜ種族ごとに、長寿と短命に分かれているのか。ネパールのチベット人は、なぜ突然死が多いのか。現地に行って、食事と健康状態を調べることで、その理由を突き止めていったわけです」

 調査方法は、大きく分けて2つ。現地の人の食生活を聞き取る。そして、健診を行う。

 健診は、食生活の影響が出始める50代前半を対象に。血圧測定、採血、24時間分の採尿を行った。

「調査が順調に進んだのは、家森先生の人柄があってこそ」、そう話すのは、調査チームの一員として同行した、福井県立大学生物資源学部教授・村上茂さん(64)。

「家森先生は現地に到着すると真っ先に、地域の代表者や医師会に挨拶に行き、協力をお願いしていました。誠実に筋を通すだけでなく、コミュニケーション力も実に高い。ブラジルのお酒の席では、お土産に持って行った阿波踊りのはっぴを着て、現地の関係者と楽しそうに踊りだして。こうやって信頼関係をつくることがスムーズな調査につながるのだと感じました」

 この性格ゆえ、現地の家庭でも歓迎された。もっとも、「困ったこともあった」と、家森先生は笑う。

「遊牧民のカザフ人とはテントで車座になって食事しましたが、お客さんやからと羊肉のいちばんええところを振る舞ってくれて。ところがこれが、10センチもある座布団みたいな脂の塊。断れないから死ぬ思いで食べました(笑)」

 中国・広州ではコオロギやゲンゴロウをありがたく食し、チベットでは塩とバターたっぷりの“高血圧のもと”のようなお茶を死ぬ気で飲んだ。

「文化も食習慣も違う地域の人と親しくなるには、相手がおいしいとすすめてくれるものを、おいしそうに食べるのがいちばん。そうやって親しくなることで、気持ちよく調査に協力してもらえます」

チベット・ラサの健診で採尿カップの使い方を指導する家森先生(右端)
チベット・ラサの健診で採尿カップの使い方を指導する家森先生(右端)
【写真】初めて血圧測定を受けるマサイ族

 採取した血液と尿は日本に持ち帰り、研究材料にするだけでなく、結果を必ず被験者に報告した。結果がよくない地域には、改善策を提案することもあった。

「チベットは塩漬けの食生活のため、健診した4割の人が200を超える高血圧でした。突然死が多いのは、脳卒中が原因と考えられました。脳卒中ラットの研究では、魚に含まれるタウリンで高血圧が改善しました。同じ研究を、この地域で試せないかと」

 調査は、ネパールのヒマラヤ登山口にある小さな山村で行われた。同行した、前出・村上茂さんが話す。

「その村は標高3400メートルの高地にあり、空気が薄いので20メートルも登ると息が切れるほどでした。帰りは悪天候で医療機器を乗せたヘリが飛ばず、3日も足止めされたのですが、食料や水も乏しい中、家森先生は電気も通っていない部屋で村長さんと酒を酌み交わしていました。何があっても動じない。タフな精神力があるから、冒険家のような調査ができたのだと思います」

 船便で送った医療機器が別の港に陸揚げされたり、採取した血液を帰りの空港で没収されたり、トラブルは尽きなかった。それでもへこむことなく、乗り切れたのは─。

「大変な思いをしたぶん、充実感もひとしおです。ネパールの調査では、魚介類に多く含まれるタウリンを2か月飲んでもらって、見事に全員の血圧が正常値に下がった。こういう結果が出ると、苦労も吹き飛ぶわけです」