ニューヨークに拠点を移し、再婚

 60歳になった平野さんは、さらに大きな夢への一歩を踏み出すことにした。

「それまで直感というか肌感覚を信じてやってきたので、このときも“いよいよNYにお店を出そう”と物件を探しはじめたんです。と同時にアパートも借りて(笑)」

代官山の店舗で仕込みをしていたスタッフを労う声かけも欠かさない平野さん 撮影/伊藤和幸
代官山の店舗で仕込みをしていたスタッフを労う声かけも欠かさない平野さん 撮影/伊藤和幸
【写真】今も平野さんがレシピを習い続けているという、恩師・シャロルさんと

 自分らしく、本音でいられるニューヨークが最も自分に合っていると語る平野さん。幸い、ニューヨーク大学の近くにこぢんまりしたよい物件を見つけてそこに決めた。しかし、賃料月80万円と高額なわりに人通りが多いわけではない。貯金を崩しながら補填するも、毎月、100万円近い赤字が積み上がっていく。

「“石の上にも3年”ってことわざもありますし、3年は続けたいと思っていたんですけど、仕事をするうえで“撤退の時期は間違えない”と決めていたので、2年でお店を閉めました。

 もっとリサーチしておけばとか、あのときのお金があったらこんなこともできたなとか後悔がないと言えばウソになります。けれど、過ぎ去ったことを考えても仕方がないし、今では挑戦してよかったと思っています。考えてみたら、バカですよね。日本人がアメリカでアメリカのケーキのお店をやろうやなんて。えらい高い授業料になりました(笑)

 仕事に没頭し、夢を追いかけた45歳から20年近い独身時代。これからはひとりで生きていくと決めていた平野さんは、ゆっくり朝風呂を楽しみ、大好きな洋画を見るなど暮らしの中に楽しみを見いだしながら日々を過ごしていた。当時を知る編集者の本村のり子さんは次のように語る。

「もともと『松之助』のアップルパイの大ファンで、初めてレシピ本のお仕事をご一緒させていただいてから15年のお付き合いになります。

昨年、パワフルに年齢を重ねる秘訣を綴った自著『「松之助」オーナー・平野顕子のやってみはったら!』を上梓。アップルパイのレシピのほか、家庭料理のレシピも紹介している 撮影/伊藤和幸
昨年、パワフルに年齢を重ねる秘訣を綴った自著『「松之助」オーナー・平野顕子のやってみはったら!』を上梓。アップルパイのレシピのほか、家庭料理のレシピも紹介している 撮影/伊藤和幸

 ニューヨークにお店を出す直前あたりで日本に戻られたときにお会いしたんですけど、法律について書かれた昔の電話帳ぐらい分厚い書類を読んでいらして。

 ものすごく集中されているのも、念願だったんだなということも伝わってきました。うらやましいぐらいキラキラされていて、こんな60代を過ごせたらステキだなと思いました」

 ニューヨーク暮らしを始めてしばらくたったころ、友人宅の庭でホットドッグを食べる小さな集まりがあった。そこで出会ったのは、ウクライナ出身のイーゴ・キャプションさん。

 住まいが近く、スーパーマーケットなどでたびたび顔を合わせる機会があった。連絡先を交換し、お互いの家族のことや近況を報告しあううち、ひと回り以上年下のイーゴさんとの交際が始まった。

「年齢はただの数字。それより相性のほうが大事」と語るイーゴさんから見た平野さんの第一印象はこうだ。

「チャーミングで、芯のある女性だなと思いました。英語で言うならdecisiveな女性(決断力のある女性)。その印象は今も変わりません。バイタリティーあふれる彼女ですが、穏やかな面や出すぎない控えめな面もあると思います」

 あるとき、こんなことがあった。気分が悪くなった平野さんが嘔吐すると、イーゴさんが「洗えばすむこと」と両手で受けとめたのだ。ひとりで走り続けてきた平野さんが、弱みをさらけ出しても大丈夫な人がいると感じたその出来事は、結婚を意識する要因のひとつになった。

 娘の裕季子さんは交際中の2人をこんなふうに見ていた。

「結婚する前に一度、イーゴさんと日本に来てくれたことがあるんです。日本にまで来てくれるんだから誠実な人だなと思いました。母は結婚したそうでしたけど、相手から言ってもらうのを待っていたのかな?こんなことを言うと、余計なことをバラすなと怒られそうですけど(笑)」

 出会いから5年後にふたりは結婚。20年余りの結婚生活と20年近い独身生活を経て、60歳を過ぎてからのニューヨーク再婚生活が始まった。