実母を説得し、実父の墓参りへ

 40代のころ、フジテレビの番組『夜のヒットスタジオ』のご対面コーナーで、実父に会った。後日、実父から申し出があり、赤坂の料亭で2人きりで会ったという。

「対面に座った実父に頭を下げて謝られて。この人が本当の父親なんだ、しっかり目に焼きつけておこうって思いました。それ以来、一切連絡しなかったんですよ。育ててくれた養父母や実母の複雑な思いがあるじゃないですか」

 その後、異母兄弟に当たる人から、実父の十三回忌の知らせを受けた。一度参拝してもらえないか、「不憫な思いをさせて申し訳なかった」と言いながら、実父は亡くなっていったと告げられる。

「母に伝えると、今さらなによ!私がどんな苦しい思いして、あんたを産んだと思ってるの?って。だけど、このまま終わっていいの?って聞いたら、そんな簡単に言わないでちょうだい!って」

 養母も、同じ思いだった。

「あっそう、じゃあ恨んだまま天国へ行きなさいよ、もう時間だってそんなに残ってないのよって言ったのよ。そしたら、実母も考えたんじゃない。次の日にやっぱり行くわって。もう仏様になってるんだから、恨むことないものねって」

 養母は遠慮するというので、実母と2人で行くことにした。

「手を合わせて、ご連絡いただいてたのにすみませんでした、今日は母と参拝させていただきました、ご成仏くださいと祈ったの。母も長いこと手を合わせていたわ」

 帰り道、母がありがとうと言った。「こうしてあんたがいるのは、あの人がいたおかげなんだから。お墓参りできて本当によかったわ」と。

「私も、年を重ねるうちにね、変にこだわることなくね、もっと優しく生きようって感じるようになったのよ。人から裏切られたこともあったけど、恨まないのが私の信念なの。本当は悪い人じゃなかったわ、ちゃんと生きててほしいなって」

昭和45年、実母と京都へ出かけたときに
【写真】本格復帰のきっかけをくれたコロッケと

 美川さんは2人の母を自宅で介護し、養母は84歳、実母は86歳のときに看取った。

「一緒に生活すると、姉妹でも性格が違うから、結構大変なこともあったのよ。でも2人の母が、“いろいろ苦労があったけど、あんたのおかげで贅沢させてもらって、人生幸せだったわ、ありがとう”と言ってくれたの。親孝行できたから、悔いはないわ。

 生い立ちってね、やっぱりしょうがないのよ。そこに育った宿命ってものがあるから。そっから自分で切り開かないといけないの」

 現在、美川さんは都心のマンションでひとり暮らしをしている。2人の母たちのために建てた世田谷の邸宅は、昨年手放した。

 はるな愛いわく、料理をはじめ家庭的なことは何でもこなす美川さんだが、人生のパートナーは必要としないのか。

「死は必ず通る道だから怖くないの。体調が悪くなると近づいているのかしら?と思うけど、はねのけるわ(笑)」 撮影/伊藤和幸

「昔は男にもモテたのよ、それもノーマルな男に。私だったらいいっていう人が結構いたの。男にも女にも口説かれて、一体どうすればいいの?って感じだった。男と女、両方持っているんですよ。でもね、やっぱり精神は男よ」

 20代のころ、女性と恋愛し、結婚して子どもを持ちたいと思ったこともある。けれど、父親の役割を求められることは無理だと思ってやめたのだという。

「仕事でオネエ言葉を使うようになってから、楽になっちゃったのね。子どもを育ててたら、美川憲一でいられなくなるなって。結婚しないでよかったのかなと思うわ」

 最近見てもらった占いでは、今年、女性との恋愛相があるという。

「結婚してくださいっていう手紙多いもん。大学生2人の子がいるんですけど、美川さんと結婚したいですって。でも急にそう言われてもね。今は意中の人はいないわよ」

 ときめくことは必要だが、付き合うことによって束縛されるのは苦手なのだとか。

「今さら、他人と暮らすのは難しいかもね。老人ホームにも入らないと思う。もともと女か男かわからないから、浮いちゃっていじめにあうかもしれないし(笑)。

 幼いころからずっと鍵っ子だったから、1人が寂しいと思ったことがないのよ。よく人から、寂しいんです!って相談されるけど、孤独を感じるときのほうが成長できるわよって言うの」

 そして、人生の醍醐味は常に自分に挑戦し続けることだと言う。

「もっと楽に生きたら?って、人は簡単に言うけど、子どものころから闘ってきたから、楽になんかなりようがないのよ。のんびりしちゃったら、そこで止まるの。

 長い人生だからいろんなことあるわよ!いいことも、つらいことも。失敗もあるけど、それを乗り込えていくのも人生だから、とにかく諦めちゃダメよ!」

 素の美川さんは、2人の母から受け継いだユーモアと情に満ちあふれていた。男っぽさとたおやかさを併せ持つその人に、全力で『生きる』ことの貴さを見た。

〈取材・文/森きわこ〉

 もり・きわこ ライター。東京都出身。人物取材、ドキュメンタリーを中心に各種メディアで執筆。13年間の専業主婦生活の後、コンサルティング会社などで働く。社会人2人の母。好きな言葉は、「やり直しのきく人生」。