目次
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ー 2年前から知る姿はなかった
Page 2
ー 「週刊誌不信」から始まった出会い
Page 3
ー 誹謗中傷に苛まれた日々
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ー ツイッター投稿をストップしたとも子さん

「悲劇のヒロインぶるな」、「母親が怪しい」。小倉とも子さんは美咲ちゃんが行方不明になった当初から心ない誹謗中傷にさらされてきた。ジャーナリストの水谷竹秀氏は2年前からとも子さんに取材をし、その姿を間近に見てきた。水谷氏が見たとも子さんの慟哭の日々とはーー。

 こんなに憔悴しきっている彼女の姿を見たのは初めてだった。報道されている顔写真は、寝不足のためか、顔が少しむくんでいるようだ。今回ばかりはさすがに動揺を隠しきれないのが、その表情から感じ取れた。

「山梨・道志村で人の“頭の骨”か?不明女児との関連性を調査」

 こんな見出しのニュースが目に飛び込んできたのは、ウクライナの首都キーウ中心部を車で走っているときだった。ロシア軍によるウクライナ侵攻を取材するため、3月下旬から現地入りしていたのだ。東京から約8200キロ離れた異国の地でその一報を知った私は、思わず目を見張り、記事を読んで身体が凍りついた。2019年9月、道志村で当時小学1年生だった小倉美咲ちゃん(千葉県成田市)が行方不明になっており、私は長らく母・とも子さん(39)の取材を続けていたからだ。4月26日のその一報によると、道志村で骨の一部を発見したのはボランティアの男性。届け出を受けた山梨県警は捜索を開始し、とも子さんは同日、ツイッターにこう投稿した。

2年前から知る姿はなかった

「美咲が無事に戻ってくると信じています」

報道陣に対応する小倉とも子さん
報道陣に対応する小倉とも子さん

 ところがその思いとは裏腹に、同月28日と29日には運動靴と靴下1枚が見つかった。そこで私は、とも子さんを励ますメッセージを送ると、

「ありがとうございます! ウクライナお疲れ様でした。無事でよかったです。帰宅までお気をつけて」

 と逆に私のことを気遣う余裕すら見せていた。

 5月4日にはまた人の骨のようなものと、黒い服がそれぞれ見つかった。それでもとも子さんは、

「私は絶対に諦めません」

「必ず神様が美咲を守ってくれて、私の元へ無事に返してくれると信じています」

 と、その信念は揺らがなかった。だが、表情には言葉どおりの強さはなく、身も心もボロボロの寸前に陥っているように見えた。少なくとも、私が2年前から知るとも子さんの姿は、そこにはなかった。