ホームレスになり、母子支援施設に入居

生活保護を受給するという考えはまったくなかったので、どうしたらいいかわからず、ケースワーカーさんに相談しました。

 “まず、完全にホームレス状態になってください。その状態なら、基本的にどの区、どの市の役所でも駆け込める”と説明を受けました」

 さらにケースワーカーは、

「どの区に駆け込むかで、対応はずいぶん変わるから慎重に選んでください」

 と付け足した。

 同じ東京23区でも、例えば港区と足立区と豊島区では区の経済状態も、福祉に対する方針もずいぶん違う。だから、なるべく福祉に厚い地域の役所に駆け込んだほうが良い待遇を受けることができる、というのだ。

 生活保護を受給する地域を一度決めてしまうと、あとから変更するのは、非常に骨が折れる、とも言われた。だから最初の駆け込み先は、慎重に選んだほうがいいという。

 田口さんは、福祉や医療が手厚いと評判の、某区役所を訪れた。

「身の回りの品だけ持って“保護してください!”と嘆願したら、トントン拍子で母子支援施設に入居できることになりました。移動は、目立たないようにするためなのか深夜でした。そっとタクシーで移動しました」

 職員とともにマンションにたどり着いた田口さんは、自分の目を疑った。東京の中でもセレブタウンと名高い地域に建つ、高級そうなマンションだったからだ。

 そっとドアを開けると、室内は3LDKの広々とした空間が広がっていた。あとで不動産屋さんに聞いたところ、家賃20万円以上に相当する物件だったという。

「家賃はもちろんかかりません。家電など引っ越しにかかるすべての費用は区が払ってくれました」

 生活保護だから、住民税も納めない、病院代もかからない、基本的に交通費もNHKも水道料金なども免除される。

「マンション内には24時間体制で警備員がいますし、職員やカウンセラーも常駐しています。“自分で部屋の片づけができない”“子育てが限界です”と相談すれば、手伝ってもらうこともできます」

 もちろんそういう施設であることは極秘だ。周辺住民や知人に知られることもない。

「そのうえで12万円ほどの現金が毎月もらえます。それで何を買ってもいいし、貯金をしても構いません。正直、現在より、ずっと経済状態は安定していましたね」

 施設の職員からは、

「ここの暮らしに慣れないで、染まらないで。これを当たり前だと思わないようにしてください」

 と、くぎを刺された。

 一度入ったら出たくなくなるほどに快適な空間なのだ。